どうしてこうなった

 リベラート様は屋敷に来た次の日に騎士団へと戻った。距離のある私たちは、相変わらず手紙でのやり取りを続けることとなった。……といっても、ほとんどリベラート様が一方的に送りつけてくる形だけれど。以前と違うのは、私もたまに返事を送るようになったことくらいだ。


「フランカ、最近なにかおもしろいことあったか?」


 仕事の休憩時間、暇だったのかティオがそんなことを聞いてきた。


「ずいぶん急な無茶ぶりをしてくるわね」

「いいだろべつに。俺は毎日退屈だからさ。フランカのおもしろ話を聞いて、退屈しのぎしたっていいだろ?」


 どうして私にはおもしろい出来事がある前提なのかは置いといて――なにかティオに提供できるような話はあったっけ?


「屋敷にリベラート様が来たこと以外、変わったことは特にないわね……」


 あ。まずい。

 言ったそばから、この話題はティオにとってあまりいいものではないことに気づく。だって、ティオはリベラート様のことをよく思っていない。


「リベラートって……あの男、フランカの屋敷に行ったのか? 夜会以来会ってないって聞いてたけど」


 案の定、ティオは眉間に皺を寄せ、いぶかしげに顔を歪めた。


「そ、そうよ。会ってなかったけど、つい最近夜会ぶりに会うことになったのよ。ほら、一応婚約者だから挨拶に来るって」

「ふーん。……で? 家族からの評判はどうだったんだ?」

「私もびっくりするくらいの高評価よ。まぁ、家柄も立派だし。特にお姉様はすっかりリベラート様のことを気に入っているわ。〝私にお似合いだ〟って」


 ティオはリベラート様が私の家族に気に入られていることに納得がいかないようだ。眉間の皺がどんどん濃くなっている。


「……そいつ、フランカじゃなくてフランカの姉様目当てなんじゃないのか?」

「私もその線を一度は疑ったんだけど、どうやら違うみたい。リベラート様って本当に変な人なの。あんなに完璧なお姉様がいるのに、見向きもしないんだもの。挙げ句の果てにお姉様に〝邪魔〟なんて失礼なこと言い出すし」


 私がそう言うと、ティオは少しだけ驚いた顔を見せた。


「それは……想像よりなかなかのツワモノだな。お前の姉様を前にしてそんなこと言える男、そういないと思うぞ」


 ティオの言葉に、私はうんうんと頷いた。そういないというか、リベラート様くらいだと思う。


「なぁフランカ! 俺も屋敷に遊びに行ったらだめか?」

「えっ? ティオが私の屋敷に?」

「ああ。俺も同期として、日頃お世話になってるフランカの家族に挨拶したいと思ってさ」


 同期がわざわざ挨拶にくつ必要はないと思うが――断る理由も特に見当たらない。ティオは最近いちばん仲良くしてもらっている友人だ。例えるなら、学園時代のルーナのような存在。ティオを屋敷へ招くことに、問題はない。


「全然いいわよ。ぜひ、ティオの都合がつく日に遊びにきて」

「ほ、本当か!? じゃあさっそくだけど、今度の金曜、仕事終わりに行ってもいいか?」

「ええ。仕事が終わったら一緒に屋敷へ向かいましょう。お父様とお母様にも伝えておくわ。美味しいお茶とお菓子を用意してもらっておく――あ、ティオは美味しいお肉とかの方がいっか」


 私が軽口を叩くと、ティオは明るい笑顔を見せた。眉間の皺は、すっかりどこかへ消えたみたいだ。


◇ ◇ ◇


 金曜日になった。今日はティオが屋敷へ遊びに来る日だ。今日は仕事が午前中で終わるので、明るい時間にティオとゆっくりお茶でもしようかしら。


「フランカ、今日行っていんだよな?」

「もちろん。もう少しで仕事も終わるし、ラストスパートがんばろうっ!」

「おう!」


 よほど楽しみだったのか、今日は朝からティオの機嫌が異常にいい。そんなに私の屋敷へ来たかったなんて知らなかった。もっと早く誘ってあげればよかったなぁ。

 そんなことを考えていると、あっという間に終業時間を迎えた。

支度を整え、魔法省から出ようとすると――入口に、なにやら見覚えのある人物が立っているのが見えた。


「……フランカ! 見つけた!」


 その人物は私を見つけると、満面の笑みをこちらに向け、大きな声で私の名前を呼んだ。


「リベラート様!? どうしてここに!?」


 急に魔法省に姿を現したのは、騎士団へ行っているはずのリベラート様だった。騎士団員の制服を着ているし、任務中ではないのだろうか。


「近くに来たからサプライズで会いにきたんだ。今日もかわいいね。フランカの顔を見ると、日々の疲れも吹っ飛ぶよ」


 周りの視線も一切気にせずに、リベラート様は甘い言葉を恥ずかしげもなく言いながら、両手を広げ私のもとへ近づいて来る。

 さすがに職場で抱き着かれるのは勘弁してほしいと思い、私はリベラート様の両手をがっしりと自分の手で掴み抱擁を阻止した。


「どうしたのフランカ? 俺と手を繋ぎたかったのか? ははっ! お茶目だなぁ!」

「……はぁ。もうなんでもいいです」


 握られた手を楽しそうに上下にぶんぶんと振りながら笑う彼を見て、私は小さなため息を漏らした。


「おい、俺を放置するな」


頭上からティオの声が聞こえたと同時に、頭に控えめなチョップをお見舞いされた。


「ああ、申し訳ない。俺はフランカといると周りが見えなくて」


 私が謝るより先に、なぜかリベラート様がティオに返事をする。


「あなたに言っていません。それにこいつ、今日は俺と予定があるんで」

「君との予定っていうのは?」

「今からフランカの屋敷に遊びに行くんです。だから、あなたはお引き取り願えますか?」


 名家の令息であるリベラート様になにひとつ媚びない態度で、ティオは言い放った。


「奇遇だな! 俺もフランカの屋敷にお邪魔させてもらうつもりだったんだ! 一緒に行こう! 外に停めてあったのはシレア家の馬車だろう? 実は既に、そこにいた御者には挨拶を済ませておいたんだ」

「なっ!?」


 私とティオの驚きの声が重なる。リベラート様ったら、こっちになにも言わないで勝手に話を進めているんだもの。

私としては、べつに屋敷に遊びに来る人がひとり増えたってどうってことないけれど――心配なのは、このふたりの組み合わせだ。どんな最上級の紅茶やお菓子を用意したところで絶対に、楽しいお茶会の時間を過ごせるとは思わない。


「先の約束していたのはこっちだ! 急に入ってくるなんてそんなこと――」

「許されるよ? だって彼女は俺の婚約者だからね。それに俺からしたら、かわいい婚約者と自分以外の男性をふたりきりになんてするわけないだろう?」

「そ、それはっ……」


 今まで笑っていたリベラート様が、ティオの言葉を遮って挑発的に言い返した。心なしか、声のトーンもさっきより低くなったような気もする。

 結局ティオは言い返すことができず、私もリベラート様に流されるがまま、三人で馬車に乗り屋敷へ向かうこととなった。……地獄の時間の始まりだわ。


 馬車には私とリベラート様が隣同士で座り、私の向かい側にティオが座った。


「そういえば、君は前回の夜会にいたよね? 魔法省の人だったのか」


 不機嫌そうな顔をして外の景色を眺めるティオに、リベラート様が話しかける。


「ああ。……ていうか、自己紹介をしていなかったな。俺はティオ・ベネット。隣国のラターグ出身だ。フランカとは同期で、魔法省でいちばん仲良くしてもらってるよ。同じ土魔法の使い手で、話も合うんだ」

「そうなのか。俺はリベラート・ヴァレンティ。フランカと同じ魔法学園に通っていて、現在は婚約者なんだ。俺が一人前の騎士になったら、結婚することになっているから、是非君も式に招待するよ」

「へぇ。一人前になる前に、誰かに彼女をとられて婚約破棄にならなければいいですね」

「はっはっは! おもしろい冗談を言うなぁ。俺から彼女を奪おうとするやつが現れたら、風魔法で地の果てまで吹き飛ばすよ」

「……」


 ふたりとも笑っているのに、私はまったく笑えない。

なんでこんなにふたりがバチバチになっているのか。ティオもリベラート様も互いを煽りすぎだし、そんなことをする意味がまったくわからない。

どうしようもなく気まずい空気が流れ、私は早く屋敷に到着することを願うばかりだった。


◇ ◇ ◇


 屋敷へ到着すると、両親は突然のリベラート様の再訪に驚き大慌てだった。

 すぐさま使用人が三人分の軽食やお茶を用意してくれて、私たちはテラスでそれらを囲みながら談笑することとなった。


「あれ、今日はあの大人気の姉様は屋敷にいないのか?」


 挨拶したのが両親だけだったからか、ティオが周りを見渡しながら言う。


「ええ。今日はどこかへ遊びに行っているみたい。いたなら是非この場に参加してもらったんだけどね」


 ――どうして今日に限っていないのよお姉様! お姉様さえいてくれたら、この地獄のお茶会も多少はマシになっただろうに! 


「……今日は君の姉はいないのか」


 私が心の中でお姉様への想いを嘆いていると、隣に座るリベラート様がぽつりと呟いた。あれ? もしかして、お姉様がいないのが残念な感じ――。


「じゃあ前と違って、今日は最初からゆっくりとふたりで話せるな! フランカ!」


 ではなかった。

 明るい笑顔でテンション高めに身を乗り出して言う彼に、私の体は自然と後退気味になる。


「ふたりって、俺もいるんですけど」

「はっ! 忘れていたよ! ごめんごめん」


 なんとも失礼なことを言いながら、リベラート様は優雅に紅茶を飲み始めた。ティオの機嫌は悪くなる一方で、私は私で〝どうしてこうなった〟と頭を抱えたくなった。


「そうだなぁ。せっかく同期のティオくんがいるのだから、魔法省でのフランカの仕事っぷりを俺に聞かせてくれないか?」


 リベラート様が私ばかりに話しかけて、ティオをないがしろにすることになったらどうしようと懸念していたが、意外にもリベラート様が積極的にティオに話しかけ始めた。どうやら、自分の知らないところにいる私の様子が気になるらしい。


「フランカはてきぱきと仕事をこなすけど、たまにおっちょこちょいなところもあって目が離せないっていうか。上司からも信頼されて可愛がられていますよ。とにかく魔法の研究に熱心で、そこは俺も尊敬しますね。……ま、たまに居眠りして怒られてるけどな」

 

 たくさん褒めてもらえて気恥ずかしいと思いきや、ティオがにやっと意地悪な笑みを浮かべて言った。


「もうっ! ひとこと余計なんだから! それに居眠りしているのはティオのほうが多いじゃない!」

「回数は関係ないだろ。お前だって俺と同じように怒られてたのは事実だし?」

「そ、それはそうだけど……」


 まぬけな失態話をされたことが恥ずかしくてむきになる私を、ティオは楽しそうに見つめていた。


「逆に、学園時代のこいつのこと教えてくださいよ」


 今度はティオが、リベラート様に聞く。


「いいよ。なんといっても、フランカは本当にモテモテでね。学園中――いや、関わる男性みんなを虜にするものだから、俺は毎日困り果てていたよ」

「へぇ、フランカが? お前、そんなにモテてたのか?」


 そう言われ、私は薄ら笑いを返すことしかできなかった。魅了魔法が解けてから出会ったティオは、以前の私のことを知らない。私が〝モテモテの魔性の令嬢〟だったことなんて、理解できなくて当然だ。


「今は俺と婚約したから、そういったことはなくなったみたいだけど。とにかくすごかったよ。追っかけもたくさんいたし」

「そうだったのか……姉妹揃ってすごいんだな」


 すごいのはお姉様だけで、私はなにもすごくない。

この場でいちばんすごいのは、私に香りがなくなってもなお、私を好きと言い続ける、変わった趣味を持ったリベラート様だろう。


「ティオくん。君は今、好きな人はいないのか?」


 リベラート様に直球で聞かれると、ティオは目を見開き、若干動揺した様子を見せた。しかしすぐに普段のティオに戻ると、にこりと笑いながら口を開いた。


「いますよ?」


 たった一言なのに、やけに含みのある言い方に聞こえた。それはリベラート様も同じだったようだ。


「そうか。応援はできなそうだ」


 笑顔に笑顔で返すリベラート様。ふたりは微笑み合いながらも、互いに一歩も引かないというような感じだ。……なんだか私の知らないところでふたりが通じ合ってるような気がするんだけれど。もしかして、この場でいちばんないがしろにされているのって私じゃない?


「リベラート! こんなところにいたのか!」


 すると、テラスにお茶会には似合わないような図太い声が響いた。

 声のするほうを見ると、そこには夜会以来に見るカイルさんの姿があった。


「た、隊長! なぜフランカの屋敷に――」

「それはこっちのセリフだ。お前の後をこっそりほかの隊員に追わせて正解だった。まさかこんな僅かな休憩時間にまで婚約者のもとに行くとはな……。まぁ、朝から無駄に機嫌がよかったお前を見て大方予想はしていたが」


 呆れたようにカイルさんが言う。


「えっ……! リベラート様、まさか任務中に抜け出してきたんですか!?」

「違う! さすがにそんなことはしない。今は自由時間で、だから俺はフランカに会いに――」

「自由時間は十分前に終わっているぞ」

「あっ……本当だ。いやいや、俺としたことがうっかりしちゃったよ。……いてっ!」


 あっけらかんと答えるリベラート様の頭上に、カイルさんの激しいげんこつが落とされた。リベラート様は頭を押さえながら涙目になっている。相当痛かったのだろうが、自業自得だ。


「フランカ嬢、突然こんな事態に巻き込んでしまってすまない。俺が敷地内に入ることには、きちんと屋敷の人間に許可をもらっているから安心してくれ。決して不法侵入ではない」

「大丈夫です。カイルさんが常識人だってことは知っていますから」

「そうか。それならよかった。ついでにこいつは連れて行くが、それに関しては問題ないだろうか?」

「はい。自由時間を守らなかったことについて、しっかりお説教お願いします」


 こうなったのは少なからず私にも責任があるような気がして、私はしっかりとカイルさんに頭を下げた。


「ああ。その依頼、引き受けた。それにしても……しっかりとしたご令嬢だな。君ならこの先もリベラートの面倒を見られそうだ。」


 なぜかカイルさんに感心されてしまったが、カイルさんほどうまく彼の面倒を見切れる自信はない。


「では、失礼する」


 カイルさんはいつの日かと同じようにリベラート様の首根っこを掴むと、そのまま強引に引き連れて行った。


「フランカ! 今日は会えてうれしかった! 手紙の返事もありがとう! 俺は毎日フランカの手紙を読み返し――ちょっ、隊長、歩くの早いですって!」


 距離がどんどん遠のいてもなにかを叫び続けるリベラート様を、私はティオと共に見送った。


「……なんなんだあいつ。嵐みたいな奴だな」


 姿が見えなくなった後、ティオは肩をすくめて言った。ティオの言う通りだ。突然現れ、近くの人を巻き込んで、また突然去って行く。残されたほうはいきなり訪れる静けさに戸惑うばかりだ。


「ごめんねティオ。せっかく遊びに来るって前から約束していたのにこんな風になっちゃって。あっ、よかったらふたりでお茶会の続きでもする?」

 

 終始笑顔の少なかったティオを見て、私は申し訳なさを感じそんな提案をした。お菓子も紅茶も……それに時間だってまだじゅうぶん残っている。仕切り直して、今から新たに楽しめばいいじゃない。と、思っていたら――。


「いや、俺も今日は帰るよ。結構楽しめたし」

「え? そ、そうなの?」


 予想外の返事に、私は拍子抜けしてしまった。


「ああ。あんまり長居しても悪いしな。また遊びにきてもいいか?」

「もちろん! その時は、リベラート様のスケジュールを先にしっかりと確認しておくわ。お姉様も紹介したいし」

「サンキュ。楽しみにしてる。じゃあ、また魔法省で」


 ティオはさっさと帰り支度を済ますと、迎えの馬車に乗り込んだ。馬車から大きく手を振るティオに、私も同じくらい大きく手を振り返す。

 ――そういえば、ティオとは魔法省に入ってからずっと仲良くしていたけど、恋愛の話なんてほとんどしてこなかった。


「誰なんだろう。……ティオの好きな人って」


 初めてできた異性の友人なだけに、気になるところだ。

 ティオを見送りながら、私の頭はそのことでいっぱいになっていた。


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