珍百景です

 夜会から二週間が経った。


 私がリベラート様の婚約者と知ってから、心なしか屋敷での私の扱いは前よりよくなった。

 でも、それがいいことばかりではない。

 両親は「早くリベラート様を連れてこい」とうるさいので、私はそのたびに「リベート様は騎士団に入っているから忙しくて、いつ暇ができるかわからない」と答えていた。事実なので、ひとつも嘘はついていない。

 それくらいならまだいいが、最近は「ヴァレンティ侯爵家に嫁ぐのなら、仕事をやめて花嫁見習いをしろ」とまで言われるようになった。

 仕事は私の生きがいなので、断固拒否している。


「仕事は絶対にやめないわ。婚約だって、いつ破棄されるかわからないし」


 そう言うと、両親はギロリと目を光らせて「きちんと捕まえておきなさい」とドスの利いた声で私に言い放った。

 ――前まで私の結婚については〝好きにしていい〟と言っていたくせに。ヴァレンティ侯爵家と聞いた途端、目の色変えてこうだもの。

 いっそ清々しいほどの両親の強欲さに、私はひとりでため息をついた。


◇ ◇ ◇


夜会で気まずい空気のままお別れしたティオは、後日魔法省で会うと、すっかりいつものティオに戻っていた。


 まるで、あの日のことはなかったかのように普通に接されて、戸惑いつつもありがたく感じていた。ティオが不機嫌だった根本的な理由はわからないけど、あまりいい空気が流れていなかったのは確かだったので、その気まずさが仕事場でも続いたらどうしようと不安に思っていたからだ。

 だから、ティオが変わらず明るく声をかけてくれた時、とても安心したのを覚えている。


 それからは、いつも通りの私たちに戻っていた。

 会話中、たまにリベラート様のことを聞かれることがあったけど、「あれから会っていない」と言うと、なぜかティオは嬉しそうにしていた。

 


 そして今日は、夜会ぶりにルーナと会う約束をしている。

 この前は私の屋敷だったので、今日はルーナのところへ行く予定だ。

 仕事後、私は馬車でルーナの屋敷へと向かった。

 到着すると、ルーナがテラスにお茶とお菓子を既に用意してくれていて、私はそれらを楽しみながら、ルーナとのおしゃべりに花を咲かせる。


 最初は他愛もない会話をしていたが、実は今日、ルーナに相談したいことがあったのだ。

 タイミングを見計らい、私はルーナに話を切り出すことにした。


「ねぇ、聞いてほしいことがあるんだけど。……リベラート様から、二週間後に休暇がとれたから私の屋敷に来るっていう内容の手紙が届いたの」


 その手紙は、三日前に届いたものだった。

 

「へぇ! ついにご両親に挨拶ってことね」


 あまりテンションの上がらない私とは逆に、ルーナは楽しそうに声を弾ませている。

 というか別に、これは惚気話ではない。私は二週間後のその日、とある作戦を考えていたのだ。


「私、その日にリベラート様の真の狙いを暴いてやろうと思って」


 ルーナは目を丸くして、首をかしげた。


「フランカったらまた変なこと言い出して! ずっと聞こうと思ってたんだけど、あの後リベラート様と話した時なにかあったの?」


 私はバルコニーでリベラート様と話して、感じたことをルーナに話した。

 リベラート様が私を好きな理由が明確でないことと、勝手にキスをしてきたことも。……ルーナは大広間でキスをされたことを知らないので、二度目とは言わなかったが。


「えぇ!?」


 話を聞いて、ルーナが声を上げた。

「それはよくないわ!」とリベラート様への否定的な言葉を口にするかと思いきや、ルーナは斜め上の発言を投げかけてきた。


「どうだったの、リベラート様の唇の感触は!」

「っっ!」


 あまりに斜め上からの発言に、食べていたクッキーを喉に詰まらせ、私は必死でみぞおちを叩きながら紅茶をかきこんだ。


「な、なに言ってるのルーナ! 覚えてないし……どうでもいいでしょうそんなこと! 問題はそこじゃないわ!」

「えー? 私としては、いちばん気になるところだったのに。それに、キスをしてきたことのなにが問題なのよ」

「本当に好きな相手に、軽々しくそんなことできる? 私だったら、嫌われるのが怖くて到底無理」


 私が言うと、ルーナは考え込むように人差し指をこめかみにあてながら、「うーん」と唸る。


「本当に好きだからこそ我慢できなかったんじゃない? ほら、リベラート様って前から破天荒なとこあったじゃない」

「ルーナはリベラート様に甘すぎるわ! 我慢できなかったからしていいってわけじゃああないでしょう」

「……私からすれば、フランカがリベラート様に厳しすぎる気がするけど」


 別に厳しくしているつもりはない。リベラート様が私を怒らせるようなことをするのが悪い。


「とにかく、やっぱり私はまだ完全にリベラート様の気持ちを信じられない。それに、もしかしたら真の狙いは私じゃなくて、アリーチェお姉様の可能性だってあるでしょ。リベラート様、頭いいから、外堀から埋めようとしているのかも」

「それはないと思うわ。リベラート様って真っすぐな人だもの。アリーチェ様が好きだとしたら、回りくどいことしないで直接いくんじゃないかしら。大体、リベラート様がアリーチェ様と会ったの、この前の夜会が初めてでしょう」

「だから、お姉様に乗り換える気なのかも! 私、彼が屋敷に来る時はそこに注目しようと思うの。わざとお姉様を同席させて、リベラート様の様子を窺うわ。あのお姉様に微笑まれたら、リベラート様だって鼻の下伸ばしてデレデレよ。どうせほかの男と変わらないんだから。すぐに本性を暴いてみせるわ」

「なんの意味があってそんなことするの。もしそれを試して、フランカに一途だったら信用できるっていうの?」

「いえ、実は、最終兵器を用意しているの」


 私は魔法省の上司に頼み、世界で一握りの凄腕の魔法使いを紹介してもらうことに成功した。学園時代、先生のツテを頼った時と同じ方法で、自身の魔法研究の為と熱心に頼み込んだ。

 その人にかかれば、リベラート様が魅了魔法にかかっているかどうかを確認することなど朝飯前らしい。

 実際、魅了魔法など感情を動かす魔法に関しては、〝解呪が成功したと思っていたが実は出来ていなかった〟ということが、過去にごく僅かだがあったようだ。魔法にかかりやすく、解呪が効きづらい体質の持ち主が、この世には多くはないが存在すると聞いた。

 もしかしたら、リベラート様はそういった体質の可能性がある。

 だから凄腕の魔法使いに見てもらい、リベラート様はちゃんと解呪できているのかを確認してもらうのだ。そこで解呪されていることがわかれば、私はその時やっとリベラート様の愛を本物だと思えるだろう。


「それは手っ取り早いわ。最終兵器と言わず、さっさとやってもらうべきね。真実の愛だとしたら、疑われ続けているリベラート様があまりにも不憫だと思わない?」


 ルーナにこのことを話すと、ルーナはすぐにでも確認してもらうよう私に言った。


「でもあまりに有名で人気な魔法使いらしくて、魔法に関するいろんな依頼が殺到しているらしいの。私が会えるのは……早くても一年後だって」

「一年後!?」

「だから、それまでなにがなんでも絶対結婚しないようにしなきゃならないの。……疑いすぎって思われるかもしれないけど、これは半分リベラート様の為でもあるのよ」


 私だって、なにも自分の為だけにこんなに勘ぐっているわけではない。 

実際は好きでもない令嬢と結婚させるなんてことになったら、私はリベラート様の人生をめちゃくちゃにしてることになる。


「それまでに、フランカがリベラート様に本気にならないかみものだけどね!」


 ルーナも、私のそんな思いを言わずとも感じ取ったようだが、すぐに楽しそうに笑ってそう言った。


「絶っっ対、ならない!」


 ムキになって言い返したものの――正直、どうなるかは自分でもまだわからなかった。


◇ ◇ ◇


 遂にリベラート様が、シレア家の屋敷へとやって来る日が訪れた。

 朝から両親はそわそわして、落ち着かない様子だ。それは私も同じだった。

 婚約者としてリベラート様を迎え入れるなんて、どういう態度をとればいいのか。いつものようにリベラート様を雑に扱いでもしたら、両親にこっぴどくどやされるのが目に見えている。

 ……いや、でも姉がいるから大丈夫か。自慢のアリーチェお姉様がひとたび笑えば、どんな最悪な空気でも、一気にマイナスイオンが広がることだろう。私は臆することなく、リベラート様に立ち向かっていけばいい。

 果たして彼は、長時間〝百年の佳人〟と一緒にいても尚、私のことを好きと言っていられるのだろうか。……逆にそんなことがあれば、ますます魅了魔法が解けていないと疑ってしまいそうだけど。

 

 約束の時間である十四時。馬車が走って来る音が聞こえ、私たちは家族一同で門まで出迎えに行った。


「フランカ!」


 馬車から降りて来たリベラート様は、開口一番に私の名前を呼び、満面の笑みで手を振ってきた。私が控えめに手を振り返す横で、両親がごくりと息を呑む音が聞こえた。どうやら本人を前に、緊張がピークに達しているようだ。


 隣でガチガチに固まっている両親に気を取られていると、私の体になにかがぶつかってきたような衝撃が走った。気づけばいつのまにか、私はリベラート様の腕の中にがっしりと閉じ込められていた。


「ああ、フランカ! 会いたかった!」

「リ、リベラート様っ!?」

「元気だった? 今日はすごくいい天気だね。空まで俺たちの再会を楽しみにしていたようだ」


 ――なんだろう。さっきまで心地よく感じていた青空が、急に曇ってほしくなった。


「リベラート様! まずはご主人様と奥様にご挨拶が先でしょう」


 駆けつけて来たリベラート様の執事が、焦りながら慌てて言う。


「いえ。お気になさらないでください。仲睦まじいのはいいことですしな」

「ええ。見ていて微笑ましいですわ。ふふふ」


 一目散に私めがけて飛びついてきたリベラート様を目の当たりにして、私が婚約者として大切にされていると悟ったのか、両親はニタニタしながらこちらを見てそう言った。


「おっと。これは大変失礼いたしました。改めてご挨拶させてください。この度フランカお嬢様の婚約者となりました、リベラート・ヴァレンティと申します」


 リベラート様は、優雅に私の家族の前で一礼してみせる。

 まるで王子様のような笑顔と立ち振る舞いは、一撃で私の両親の心を仕留めたようだ。


 その後、屋敷内で両親とリベラート様が楽しく会話をしていると、両親がいらない気遣いをしてきた。

「フランカの部屋で、リベラート様とふたりでゆっくりしてきたらどう?」なんて言い出したのだ。 

 もちろんリベラート様は断るはずもなく、むしろ食い気味でその案に賛成していた。

 私はこれをいい機会だと思い、「ふたりだとまだ緊張する」なんて適当ないいわけをして、あまり喋ることなくただにこにこしていた姉を、一緒に私の部屋に連れて行くことにした。

 

 メイドにお茶を淹れてもらい、私とリベラート様が横に並び、リベラート様の向かいの椅子には姉が腰かけている。

 

「改めまして、フランカの姉のアリーチェと申します。リベラート様とは、夜会以来ですわね」

「ああ。先日はどうも。あの時はあまり挨拶ができず申し訳ございません」

「いえいえ。こうしてまたお会いできて、嬉しく思いますわ」


 両手を合わせ、少し頬を染め微笑むアリーチェお姉様。

 斜め前から見ても驚きの可愛さである。こんな天使のような微笑みを真正面で受けて、平然としていられる男がこの世にいるわけが――。


「そう言っていただけて安心しました。俺も今日がすごく楽しみで。フランカに会えると思うと、夜も眠れなかったんです」

「うふふ。聞いてるこちらが恥ずかしいくらい、リベラート様はフランカを気に入ってくれているようですわね」

「俺の気持ちはそんなちっぽけなものではありませんよ。学園時代からずっとアプローチをしてきて、やっと彼女を手に入れたんです。気に入ってるんじゃなく、愛してると言ったほうが正しいですね」


 ない、と言いたかったのに。

 リベラート様はそれからもずっと、姉の前で勝手にのろけまくっている。私は口をあんぐり開けて、ふたりのやりとりをただ無言で見ていることしかできずにいた。


「なんだか私、お邪魔かしら」


 ふとお姉様がそう言ったので、私がすぐに「そんなことない」と訂正しようとすると――。


「そうですね。ちょっと邪魔かもしれないです」


 私より先に、リベラート様がさらりとそう言ってのけた。

 なに言ってるんだこの男! お姉様に〝邪魔〟なんてこと言うなんて!

 姉は驚いた顔をしたあと、俯いて肩を震わせた。

 今まで自分の存在を否定されたことなどない姉は、邪魔だなんて言われたことに、ひどく傷ついてしまったのかもしれない。


「お、お姉様……」


 焦って姉を宥めようとすると、姉は顔を上げ、大きな笑い声を上げた。


「ふっ! ふふふっ! そんなこと、初めて言われましたわ! まったく、リベラート様は正直なお方なのですわね!」


 うっすらと目尻に涙を浮かべるほどツボにハマったのか、姉はしばらくのあいだ笑い続けた。


「そう言われてしまったら、邪魔ものは退散するしかありませんわ。フランカも、もう緊張は解けたでしょう? 私は一旦、席を外させてもらうわね」


 姉は笑いながら席を立つと、私の耳元で小さくな声で囁く。


「このお方、絶対に離してはだめよ」

「――!」


 そして、私が止める間もなく、姉は私の部屋を後にした。


 ふたりきりになった空間に、時計の針の音だけが響く。

 私はひとくち紅茶を飲むと、リベラート様に言った。


「綺麗でしょう?」


 私の自慢の姉は。私なんかよりもずっと。


「え? ……ああ。すごく綺麗だね」


 リベラート様はそう言うと、私の顔をじっと見つめた。姉の顔と比べてでもいるのだろうか。


「本当に美しいよ。フランカ」

「いや私じゃなくて!」

「え。違うの?」


 わざとなのか、天然なのかわからない。

 というか、私がこのタイミングでいきなり自分のことを「綺麗でしょう?」なんて聞くわけないじゃない!

 

「ずっとアリーチェさんと話してたからアリーチェさんのほうばかり見てたけど、数分ぶりにフランカを見たら可愛すぎてびっくりしたよ!」


 リベラート様が照れ笑いをする姿を見て、私は絶句した。


 ――こ、この男、まるでお姉様のことを眼中にないわ!


 私に香りがある時以外で、姉に鼻の下を伸ばさなかった男など初めてだ。

 目の前にいるリベラート様が、珍獣かなにかに見える。


「フランカ、抱きしめていい?」

「え? 無理無理!」

「……そこまで全力で拒否されると、さすがの俺も傷つくんだけど」


 生憎私は、珍獣に抱き着かれる趣味はない。


 その後も時間が許す限り、リベラート様は屋敷に居座り続けた。

 一日通してわかったことといえば――彼が姉目当てという線は、完全に消えたということだった。 

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