魔性の令嬢

 あれから、五年の月日が流れた。

 大好きな姉は十五歳のとき、隣国の有名王立学園へと留学した。

 同じく私も十五歳になると、ストラの魔法学園へと入学した。

 姉の学園は三年制で、私は二年制だ。そのため、ふたりとも今年卒業となる。姉は卒業後、学園の寮を出てこの屋敷に帰って来る予定だ。

姉とは長期休暇でしか顔を合わせることがなくなったが、隣国でもその美貌で、数多の人間を虜にしているようだった。


「フランカ様! ごきげんよう!」

「ご、ごきげんよう」


 一方私はというと――相変わらず、魔女にかけられた魔法の効力は続いていた。

 あの日から、私の人生は一変した。どこにいても男性から言い寄られ、モテまくった。そう、〝百年に一度の佳人〟と言われていた姉、アリーチェよりも。いつしか妹の私は、男性たちから〝魔性の令嬢〟と呼ばれるようになっていた。

  

 周りの女性は不思議そうな目で私のことを見ていた。どうして急に、私が異性からもてはやされだしたのか。どうして男たちは、とびきり美人の姉をほったらかし、見るからに劣っている私にばかり構いだしたのか。見た目も性格も、特別変わったわけでもないというのに。


 私は『モテる魔法をかけてもらった』など言えるわけもなく、魔女とのあの出来事は、今もなおずっと隠し続けている。

魔女に会ったというだけで騒がれそうだし、なによりモテたいという自分の願望を周りに知られることが恥ずかしかったのだ。

 

 ――魔女に魔法をかけられて、最初は気分がよかった。みんなが私を見てくれたから。

 優しくされ、ちやほやされ、姉はこんな世界で生きているのかと身をもって実感した。

 正直、調子に乗っていた。でも、その喜びは長くは続かなかった。


 だんだんと、言い寄られることが鬱陶しくなってきたのだ。


「フランカ様は今日もたいへんお美しい! 世界中の誰よりも!」

「この甘い香りに狂ってしまいそうだ……!」


 こうして、私を褒めたたえてくれるこの人たちは、私の本質を見て好いてくれているわけではない。

この香りに抗えず、私のもとにやって来ている。花の蜜に誘われる、蜂と同じ。

 そんな蜂たちに追い掛け回される日々に、私は限界を感じていた。


一時期は、姉よりも男性に囲まれ優越感に浸ったこともあった。でも、それは私の力でじゃない。私はズルをして、姉に勝った気でいただけだ。

むしろ今では姉を尊敬している。いつも人に囲まれている姉も、実際はすごく大変だったのではないだろうか。それなのに、笑顔でい続けられる姉はすごい。私には到底真似できない所業だ。〝モテる〟というのは、いいことばかりではないことを、自分が体験して初めて知った。

 そもそも昔から自由気ままな性格だった私は、ひとり行動が好きだった。それが今ではひとりになる時間などほとんどない。誰かに注目されたいなんて、今後二度と思わないことだろう。


 ……ほかの令嬢たちからは妬まれ、同姓の友達は二年間でほぼ皆無だし。学園にいるあいだ、ずっと男子生徒に囲まれるこの事態は、私に確実にストレスを与えていった。


 我慢できず、魔法の解除を試みたこともあった。

 先生のツテで、有名な魔法使いを紹介してもらったのだ。自身にかけられた香りの魔法について話すと、『これは〝呪い〟と同じで、かけた本人にしか解呪できない』と言われ、絶望したのを覚えている。


 あれから一度も、あの魔女に会ったことはない。

 世界を旅していると言っていたし、生きているうちに、この広い世界でまた会えることなんてあるのだろうか。私は現在進行形で、途方に暮れていた。


「毎日毎日モテモテね。フランカったら」


 男子生徒を適当にあしらい、ひとり胸を撫で下ろしていると、唯一この学園でできた同姓の友人、ルーナが茶化すように言った。

 ルーナは私を嫌うことなく、仲良くしてくれた稀な女子生徒だ。男子生徒に追い掛け回される私を匿ってくれたりして、とても優しい子である。


 私はルーナにだけ、自身にかけられた魔法のことを以前打ち明けていた。そのため、最近はルーナが昼休みにハーブを持って来てくれて、それを焚いて私が異性に放つ香りを誤魔化してくれている。

最初はそんなことで誤魔化せるか不安だったが、思いのほか効果があったので続けることにした。ルーナは私の香りがわからないので、効果があったことに驚いていた。その時やっと、私の話が本当だと信じてくれたらしい。


「もうすぐ卒業だけど、フランカが何人から婚約を迫られるかみものだわ」

「嬉しくないからやめて。それに婚約も結婚もする気ないわ。私は魔法省に入って仕事に打ち込むのよ」

「モテる女がなにを言うのよ。贅沢な悩みね」


 ルーナは呆れたように笑っているが、私はまったく笑えなかった。


「今日はここにいたのか! フランカ!」


 すると、私たちがハーブを焚き身を潜めていた校舎裏の隅に、見知った顔の男子生徒がひょっこりと現れた。

 

 リベラート・ヴァレンティ。同い年の、侯爵家の長男である。

 どんなにわかりづらい場所に隠れても、どんなにハーブを焚いても、いつも彼だけは私を見つける。……鼻がよく利く男だ。


「あら。またリベラート様には見つかってしまいましたね」

「やあルーナ嬢。今日もふたりお揃いなんだね。見つけたからには、一緒に過ごさせてもらっていいかな?」

「リベラート様なら構いませんわ! ねっ? フランカ」


 黙っている私を無視して、ルーナが勝手に話を進める。

 私はいいともだめとも言っていないのに、リベラート様はずかずかと私の隣にやってきて腰を下ろした。


「今日もかわいいな。フランカ」


 明るく澄んだ空色の髪を揺らし、少し緑がかった青い瞳を細めながら、彼は息を吐くようにそう言った。

 リベラート様は家柄よし。成績よし。顔よし。スタイルよし。おまけにストラでは一握りと言われる、二種類の魔法の使い手だ。

 属性は水と風で、以前ルーナが私を匿うために土の壁で囲いを作ってくれたときに、水魔法を使い、土を溶かし笑顔で侵入してきたツワモノである。

 破天荒な一面もありながら、普段は優しく明るい性格で、女子生徒からの人気も高い。

 そしてそんな彼もまた――〝私〟という花に群がる、一匹の蜂だ。


「ルーナ嬢もそう思わないか?」

「ええ。フランカは今日も綺麗ですわ。リベラート様も、相変わらず麗しいです」

「本当? 嬉しいな。フランカもそう思う?」

「……別に、普通です」


 期待の眼差しを向けられたが、そっぽを向いてかわいげのないことを言う。

 リベラート様はかっこいいが、本人に言うと調子に乗りそうで嫌だ。


 そのまま何気ない会話をいくつか交わすと、リベラート様は満足げにその場を去って行った。

 去り行く後ろ姿を見つめていると、ルーナに背中をバシッと叩かれる。


「もう! またかわいくないこと言って!」

「なにがいけないのよ。どうせかっこいいなんて言われ慣れているのだから、私が言う必要ないじゃない」

「リベラート様はフランカに言われたいの! もう、前からやけにリベラート様には冷たいわよね」

「だって、リベラート様ってダントツでしつこいんだもの!」


 そう、彼はほかの男たちよりも私への想いが強い。どう見ても、魅了魔法が効きすぎている。

 私がモテる香りというチート能力を持っていない状態で、リベラート様みたいな人にアピールされていたら、コロッと落ちていたかもしれない。でも、結局彼も私の香りの餌食になっているだけ。

 それにあらゆる男性に言い寄られすぎて、私は男自体が嫌になってきていた。誰のことも信じられないし、自分で望んでおいて、本末転倒だけど。


「別にいいじゃない。魅了魔法にかかってようがなんだろうが、リベラート様のようなイケメンに言い寄られたら、悪い気はしないでしょう!」

「私はルーナみたいに振り切れないわ……」


入学式の日、リベラート様を見た時は、その美しさとオーラに一瞬で心を持っていかれそうになったのは確かだ。こんな衝撃は、生まれて初めてとも感じた。


――遠くから眺めていたい。手に届かない、憧れの人くらいがちょうどいい。


そう思ったのも束の間、男を虜にする香りのせいで、すぐにリベラート様のほうから私に声をかけてきた。予想通りの展開に、私は複雑な気持ちになった。

なぜか私は彼に、変な期待を抱いていたからだ。魅了魔法になんてかからない、強い意志を持っている男性だと。最初に彼を見たときに受けた衝撃は、そういうことなんだと。

 リベラート様のことをよく知りもしないのに、勝手な幻想を抱き、勝手に幻滅していた。リベラート様からしたら、はた迷惑な話だろう。


 それに、リベラート様は性格が想像とはかなり違った。

 見た目はクールそうなのに、話すとへらへらしているし、どちらかというとお調子者に近い。入学式の時に見た凛とした姿は、近くで見られることはなかった。

 それがマイナスになったわけではないが、プラスにもなってはいない。


 リベラート様は騎士になることを夢見ており、卒業後は騎士団に入ると言っていた。そうなれば、今みたいに毎日顔を合わせることもなくなるだろう。

 卒業さえしてしまえば、私のこの香りからリベラート様は解放される。ついでに、私もしつこいリベラート様から解放される。

 彼は新たな場所で、新たな出会いがあり、本当に恋をする相手を見つけ幸せになるに違いない。今の私への気持ちは、所詮まやかしなのだから。



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