第2話 黒き花は赤く彩る
部屋を飛び出してどれほどの時間が経っただろうか?
どれほどの距離を逃げ切れただろうか?
心臓がうるさいほどに鼓動を叩き、熱き血脈が体を焼く。
それなのに、屋敷の庭は恐ろしいほどに静かだった。
色とりどりの花が暗い夜の中に微かに揺れる。
「だれ!?」
だが、そこには誰もいない。
誰かに見つかれば殺されるかもしれない。
私は走り続けた。
弱った体は何度も悲鳴をあげる。
でも、もう魔力もほとんどない。
裸足で走っていたので、裏もたくさん切れた。
通った後には血の足跡が存在を暴く。
ここで足を止めたら、悪魔どもが私を殺しにくる。
「いや、いや、いや!!」
まだ、声は出る。
迷路のような庭を抜けて、やっと自由の境界が目の前に見えた。
なのに。
「柵?」
鋼鉄の柵が私の前にそびえ立った。
見上げても頂点が見えない。
登ろうとするが、柵に触れた手に激しい痛みが襲った。
「なんで? どうして!?」
ここまで、頑張ったのに。
静寂を破るように声が聞こえる。
痛みを堪えて柵を登ろうとする。
だが、小さく弱いこの体では思うように登れない。
「降りろ」
死刑宣告のような声が私に突き刺さる。
振り向くと剣を構えた男がいた。
顔を見れば誰か分かった。
ゲームでは私と同じ立ち絵もない設定上のキャラ。
でも、切れ長な灰色の目に金髪。
三作目のラスボスによく似た容姿の男。
「クランロッド伯爵」
「ゴミか」
見下す瞳には怒りが垣間見えた。
剣先はいつでも私の心臓を狙えるように、向けられている。
殺すつもりなのだ。
全感覚が警鐘を鳴らす。
でも、私は手も足も血まみれでまともに動かすこともできなかった。
「来ないで」
わずかに回復した魔力で黒い風を死神にぶつける。
でも、避けることもせずただ私の風を受けた。
金色の髪をなびかせる程度の風だった。
「ふむ」
いつ殺されてもおかしくない。
でも、いまだ貫かれずにいた。
私の利用価値について考えているのだ。
「あの女の言葉は本当だったのか」
母様をあの女と呼ぶ。
裏切っていたのはお前の方なのに!
口の端を噛む。
「まあ、でも」
冷たい瞳で笑う。
「死んだのならそれまでだ」
「お前が殺したんだ!!」
本来なら私はなにも知らずに殺されていた。
家族に愛されず殺されたと思い、全てを壊してやろうと思っていた。
でも、主人公が真実にたどり着く。
本当は母様が生まれた私を抱きながら涙を流して喜んでくれていたこと。
名前を付けてあげられない事が悔しくて、涙を流していたこと!
本当は私の名前になるはずだったリディアラを呼びながら亡くなったこと!!
「私は知っている。母様のこと! 何があっても死んでやらない! 絶対に生きてやる!!」
「なにを? ……ぐはっ!?」
クランロッド伯爵は急に血を吐き出したのだ。
まだ、私は何もしていないのに。
「なにを、した? ま、魔力が、減っていく!?」
そして、立っていられなくなった伯爵は地に膝を付いた。
今なら逃げられる!
私は血まみれになった足を無理矢理動かして立ち上がる。
まだ、私には立てる力がある!
「当主様!!」
銀甲冑を着込んだ兵士たちがやってきたのだ。
クソ男を庇うように前に出てきて私を取り囲む。
そして、一人の兵士に右足の腱を剣で斬りつけられる。
痛い! 痛い痛いいたいいたいいたいいたい!!
焼けるような痛みに気を失いそうになる。
なんで、こんな小さな子供に平然とそんなことができるのだろうか?
更に槍や剣を兵士たちが構える。
「そいつを、殺すな」
その言葉に兵士たちが手を止める。
クソ男が止めたのだ。
「ですが!」
「そいつにはまだ利用価値がある。でも」
兵士に肩を借りて伯爵は立ち上がった。
そして、私の肩に持っていた剣で刺す。
「あ、が、ぎゃああああ!!」
「躾だ。死なない程度に痛めつけろ。その後は地下牢にでも放り込んでおけ」
そう言うと、兵士に担がれて伯爵は屋敷に戻ってく。
ボロボロになった私の髪を掴んで引きずる。
髪が痛い、首が痛い、肩が痛い、足が痛い、全身が痛い。
助けて、助けて、助けて!
嫌だ、誰か、声を聞いて!
「ガハッ!」
「暴れるな!」
兵士の蹴りが鳩尾に入る。
息をするのも辛い。
だが、私の中に何かが溜まった。
「いや、いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
「気持ち悪い餓鬼だな、きぜつ、させ」
「なんで、赤い風が?」
「伯爵様?」
黒い感情に飲まれる。
掠れた視界でほとんど目の前に見えない。
母様、死ぬ前に。
死ね
近くで爆発音が鳴る。
死ね
遠くで爆発音が鳴る。
死ね死ね死ね死ね死ね!
連なって爆発音が鳴る。
「無くなって、しまえ」
強い衝撃が私を襲う。
完全に気を失うのだった。
黒き花は恋を覚える 矢石 九九華 @yaisikukuka
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