17-凛として咲くは此の花
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メルリル :去ろうとするティアの前に立つ。「ティアさん、お待ちを」
ティア :「なんですか? 聞くだけは、聞きますけど」
メルリル :「あなたが憤りを覚えるのも仕方ありません。私たちが見逃したことによって被害がでてしまい、救える命を救えなかった、ということは許されることではありません。とりあえず、このドライアードについては、ギルドマスターに報告しましょう」
ティア :「……メルリルさん、それは甘いです。報告した時点で討伐任務が出ます」
メルリル :「討伐任務が出るなら……それには従いましょう」
ティア :「それで? また討伐にきて、ミリカさんが止める目の前で、ドライアードを殺すんです?」
メルリル :「そうなれば……任務、ですから」
ティア :「だったら、もうこの時点で、選択肢は二つしかないんですよ。ここで殺すか、ギルドに報告しないか、です」
メルリル :「いいえ、そんなことはありません。討伐任務が必ず出るとは限りません。もしかしたら、共存できる可能性だってあるかもしれない。だからこそ、衝動のままに、彼女たちを殺めてしまうわけにはいきません。私たちは冒険者です。私たちの使命は人々を守ることです。魔物を殺すことではありません。」
ティア :「ええまあ、そうしたらいいんじゃないんですか。意義主張が合わない、というだけですよ。だから、パーティーの和を乱してしまった私はここを去る。ただそれだけですよ。」
メルリル :「私はあなたがパーティーの和を乱したとは思っていませんよ。パーティーは個人の集まりです。意見が食い違うことも当然あります」
ティア :「それに今回だけじゃないですよ。もし似たようなことが起きたら。私は同じく殺害を提案します」
メルリル :「もちろん、私も明確に敵意を向けてくる蛮族であれば、喜んで人々を守るために戦いましょう。
ただ今回は……ドライアードは妖精です。自ら人を襲いにくることはありません。むしろ、もしも下手に手を出せば妖精からの報復があるかもしれません。だからこそ、私たちの手に負える話ではないです。
それになにより……あなたはともに旅をしてきた仲間です。
あなたの意見を尊重しますし、あなたの考えを間違っているとも思っていません。違いを認め合うことが、私たちパーティーである根拠で、理由なのですから。だから…やはりあなたは、大切な仲間なんです」
ティア :「…………」
メルリル :「それでもだめだというならば…」と口をつぐむ。
少し間を置き、覚悟を決めて懐から小型のナイフを取り出す。
「ここであなたが去り――私は自刃します」
ミリカ :「えっ……!?」
ドライアード:ずっと静観していたが、驚きを隠せず問いかける。
「エルフの女。何故。そこまでする?」
メルリル :「それは当たり前ですよ」にこり、と笑う。
「だって、仲間ですから」
去ろうとするティアの前に、自らの首にナイフを当て、立ち塞がるメルリル。
ナイフの切っ先はメルリルの首に食い込み、ぷくりと赤い血が彼女の白い肌に浮かぶ。
力をこめれば、きっと彼女の頸動脈を容易に切り裂くだろう。
誰も言葉を発しない。
張りつめた緊張感が、薄暗い森の空間を満たす。
重い沈黙を破ったのは――「はぁ…」という呆れたような溜息だった。
ティア :「はあー……はいはい。わかりましたよ。これで死なれて、夜道で後ろからリュシアンさんに刺されてもかなわないですし」
降参、とでもいうように両手をあげて肩をすくめる。
メルリル :ぱあっと笑顔になってティアに駆け寄る。
「ホントですか!?」
リュシアン:ほっと安堵しつつも、首を傾げる。
「というか……僕が後ろから刺すと思ってたんですか……?」
ティア :「やりかねないでしょう……?あなたも……?」
リュシアン:「ははは、何を言っているんですか。盾しか持てない僕が。ははははは」
ハクマ :「後ろから刺すっていうよりかは……一緒に『いき』そうだけどなあ……」
ティア :「まあ、わかりましたから。ただ、あたしはもうこの件に関わる気はありません。あとは勝手にしてください。いいですか?」
メルリル :「やったー!」と無邪気に喜び満面の笑みを浮かべる。
ひとしきり跳ね回って喜んだあと、ドライアードのほうに近づく。
「ところで、ドライアードさん」
ドライアード:「うん? 真実の愛とやらのエルフの女、どうした」
メルリル :「別に真実の愛とかそういうんじゃないです関係ないです(早口)」
リュシアン:「えっ!? か、関係ないんですかー!?」
メルリル :「関係ないですーー!」とリュシアンに叫んだあと、こほん、と咳ばらいをしてから――ドライアードに首元へナイフを突き出す。「ドライアードさん、あなた、ここで死にたくないですよね?
だって、愛すべき人が、すぐそばにいるんですから。ここで置いて死んでしまうなんて、イヤですよね?」
ドライアード:少し考えるように首を傾げてから、ふっと笑う。
「そうさなあ……少なくとも、今は、わらわは死ねない。……ミリカを残すことになるからな」
メルリル :「これは……私からの提案なのですが。人の管理の下で、人に害をなさず、人からの恩恵を受けて暮らすことはできないのですか? 例えば私たち人間は家畜などを飼っております。不作の家畜や、作物の肥料になるものを、ドライアードさんに受け渡すことで、ドライアードさんが安全に人の世で生きられる……どうですか?」
ドライアード:「ふんっ。 管理される? それこそ笑止。妖精であるわらわが、そんな提案を許すとでも?」
メルリル :「その誇りというのは……愛よりも大切なものですか?」
ドライアード:「さあな。ただ……そのようなことをするくらいなら、自分の意志で食わぬと決めたほうがまだよいわ。
そこのレプラカーンの女が懸念していたこともわからないでもない。それに、わらわが人間の男を殺して生きていくことにミリカが気に病んでいることも知っている。気休めかもしれないが、これから先、わらわはもう人間を食わん。
まあ、その分、わらわの寿命は縮まるがな。だがミリカの寿命と考えたら……丁度良いだろうさ」
メルリル :「人に害をなさない、ということでよろしいのですか?」
ドライアード:「そうさのう」揶揄うように笑いながら「わらわの魅了を真実の愛とやらでとくなどという面白いものを見せてもらったからのう」
メルリル :「うるさいですよー!」って顔真っ赤にして怒る。
ドライアード:「それに敬意を表して、人に害をなさないことはここに誓おう。まあ、口だけの誓いだ。そこのレプラカーンの女が信じるかどうかは知らんがな」
メルリル :「そうですね。これはただの口約束です。ですが、その口約束は…あなたの愛のための、ミリカさんのための約束ですよね。だからきっと私はあなたが愛すべきもののために守り抜いてくれると信じていますよ」といってナイフをしまう。
「と、いう折衷案ですが、どうですか? ティアさん」
ティア :「勝手にしてくださいっていったじゃないですか。あたしは関知しません」
メルリル :「そうですか、ありがとうございます。じゃあ……」とニヤリと笑う。
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