第493話 妙円寺博士の木

「ずいぶん眺めの良い所を選んだんだな、妙円寺博士」


 俺の言葉に、妙円寺博士は一言も答えなかった。

 今や新世界機構の1/3の権限を有する「シビリアン」こと妙円寺博士。

 

 俺たちは、政治と軍事の統制を終え、ようやく休息の時を迎えていた。

 ある日、妙円寺博士からの応答が無くなり、俺たちは捜索した。

 しかし、リズの探知により、その所在はすぐに判明した。

 そこは、俺たちの新天地「エデン」の丘の上にあった。


 最初は、何かの冗談かと思っていたが、妙円寺博士は、そこに鎮座していた。


 彼は「木」になっていた。


 AIの争乱で、自身が開発したFB・ハーネスにより、信じ難い多くの事件や事象を見てきた博士は、研究者としての限界を越えてしまったのだった。

 そして、彼が選んだのは「C」の権限を持ったまま、語らない存在となることだった。


 彼は、この大きな木の中で、今も静かに居るのだ。


 永遠の命、絶大な権限

 多くの人が羨むその権利を、彼は死んでいったAIと人間とに捧げるかように、それを自身に強いたのだ。

 だが、俺には解る。

 彼の精神状態は、今とても安定している。


 闘いに疲れ、この世界が「仮想現実」である事実を知り、自ら多くのAIと闘い、助手の木下技師が、実は原子爆弾「キノ」だったりと、、、、、彼はきっと、疲れたのだ。


「お父さん、僕たち、ここで式を挙げられたらって、思っているんです」


 イヴ、、、吉井君。

 ってか、吉井君、もう猫である必用は無いだろうに。

 吉井君には、時空間管理局の重役を任せることにしていた。

 彼らが秘密裏に作り上げたこの「エデン」は、未だ何処に所在しているかは機密事項となっていた。


 実は、このエデン、「リサの部屋」に住む「カナブン」がその正体だった。


 彼らは、特定の場所に世界を構築してしまうと、それはいつかは破壊されると考え、リサの部屋の中で自由に動き回り、場所が特定されない昆虫の中に世界を構築する事を考えたのだ。


 そして、この「エデン」こそが、今現在の主要な電脳空間として発展を遂げている。

 人類とAIと電脳体が平和に暮らしてゆける第3の世界


 この丘の木は、それを象徴するかの如く立っている。

 妙円寺博士が残した手記には、「GF」である俺が、何か大きな間違いを起こした時にのみ、自分は「C」の権限を発動する、とのことだった。

 妙円寺博士は、事実上、俺が間違わないと判断したのだろう。

 結局、この平凡な俺こと、斉藤雄介が世界の全権を掌握している。


 まったく笑えない冗談だ。


 どこで聞きつけたのか、この丘に、世話になったメンバーが続々と集結し始めている。

 第1世代のグループも、第2世代の家族も、異世界の仲間達も、そして人類も。


 これだけ複雑な時空間の仲間達が、何ら違和感なく一同に介せる場所、それがエデン。


 猫の吉井君が、成人男性の姿に戻り、タキシード姿で現れると、俺にあらためて挨拶をした、「娘さんを僕にください」、と。


 なんだよ急に、ちょっと照れるじゃないか。

 吉井君が振り向くと、そこにはもうすっかり大人の女性に変化したイヴが、花嫁姿で立っていた。

 その手をリズが引きながら、吉井君の前まで歩んでくる。


「雄介様、ご準備はよろしいですか?」


「おい、雄介は機密事項だぞ」


 斉藤雄介、この名前も、実は機密事項であった。

 この名前を知られれば、俺の過去に介入しようとする悪意が必ず発生する。

 「GF」の正体は、未だ非公開のままだ。

 

 いまや「神」であり「創造主」でもあるリズ、彼女も、なんだか少し緊張しているようだった。

 花嫁の後ろを、小さくて可愛らしい幼女がスカートの裾を持って付いてきてくれた。


「ん?、誰だ、この子たちは」


「私たちの娘よ」


 俺は、聞き覚えのあるその声に反応した、、、、エレーナ、そしてメルガも!

 そうか、二人の娘か、そう言えばなんとなく昔の二人に似ているな

 、、、、ってか、エレーナも、久しぶりだな!


 そう言えば、後から来ると言っていたハイヤー卿がいないな。


「ええ、父は、、、ある秘術を展開したために、、、先日亡くなりまして」


 そうか、ハイヤー卿が、、最後に一言、お礼が言いたかったな。

 それで、その秘術とは、一体何だ?。


「はい、異世界への往来の幅を広げてくれたのです」


 メルガ、もう少し解りやすく言ってほしいのだが。


「こういう事よ!、ユウスケ!、久しぶりね!」


 、、、、、マキュウェル?、マキュウェルなんだよな、本当か?、まさかエデンで会えるなんて!。

 ムスキと二人で並んでいるの、久々に見たよ、懐かしい!。


「エムディを倒すために、ずいぶん頑張ってくれたって聞いたわ、ウクルキ陛下から、、、こんな姿になってまで、あなたは本当によくやったわ」


 エデンに居ても、俺は半身機械サイボーグのままだった。

 マキュウェルは、感慨深い表情で俺の労苦を労ってくれた。

 ハイヤー卿の秘術により、この世界との航路が拡張された、ということらしい。

 それで、エレーナの娘もこっちにいるんだな。


「それではこれより、吉井君とイヴ君の、結婚の儀を執り行います」


 仲人を努めてくれるのは、復帰したばかりの中山元帥か。

 彼もまた、東京攻防戦で重傷を負ったが、直ぐに電脳体となり、いまや元帥として、国家警察軍の重鎮に復帰した。

 彼もまた、行くゆくは大元帥の候補者だ。

 今、ビスワジット・ハーン総参謀長が戦死したため、大元帥の椅子は空白のままだからな。


 こうして俺は、俺の大切な人たちに囲まれ、元息子だった娘の結婚式に晴れて参加する事ができた。


 妙円寺博士の木の下で。

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