第362話 今、包容を

 シズが、命をかけて守ったこと、それは、北村少佐の乗った機体であった。

 後方から迫り来る駆逐艦に、航行機能を失い、戦闘力を喪失した14潜と、タイムマシーンであるシズを失った俺たちに出来る事は、北村少佐による体当たり攻撃だけであった。


 俺は、シズを失った喪失感から、周りで何が起きているのかを正しく理解出来なくなっていた。


 全ての音が、遠くから聞こえる、感じがする。


 玲子君は、シズの喪失から、声を殺して泣いていたが、それに追い打ちをかけるように、父親である北村少佐の、その短くなった命の火を憂いでいた。


 女性二人が泣きじゃくる中、なんだか涙も出ない俺は、西の空に黒い煙を吐きながら、それでも敵艦目がけて飛行する北村機を見た。



 それは、男の意地だった。



「、、、、北村さん!、シズの仇を、シズの仇を!、シズが命がけで守ったものを、、、どうか遂げてやってください!」


 これから死にゆく恩人に対し、俺はそんなことしか言えない。

 吐き出すように叫んだ俺は、何かどうしようもない、どうすることも出来ないこの悲しみから、何とか逃れたかった。

 そして、玲子君に近付くと、ひざまづいて泣く玲子君にゆっくりと抱きつき、ようやく俺も涙が流れた。


 そして、北村機は、もう一度、最後の雄叫びを挙げる如く、燃え盛る国産ジェットエンジンを最大出力で上昇させ、最新鋭米軍機を振り切ると、最後は見事に急降下し、敵駆逐艦に体当たりした。



 駆逐艦の煙突とマストが豪快に吹き飛び、火柱が上がると、敵駆逐艦は機関を停止し、そのまま中央付近がくの字に曲がった。

 そして駆逐艦は、二次爆発を起こすと、船尾からゆっくりと沈没を始めた。


 北村少佐の本懐は、こうして遂げられたのだった。

 潜水艦内からは、万歳の声が涙混じりで聞こえてくる。


「玲子君、お父上が、本懐を果たされた、、、、」


 玲子君は、それまで声を殺して泣いていたが、もはや人目をはばかることもなく、大声を上げて、ただ泣いた。


 俺は、、、涙だけが頬を伝い、声も出せずに玲子君を抱きしめた。

 今、包容を必要としているのは、玲子君ではない、きっと俺自身なんだ。


 間もなく、14潜の機関も停止し、艦隊の指揮は15潜へと移される。


 マーシャンは、さっきの北村機突入により、死んだのだろうか。


 俺は、なんだか急速に色々な物を失ってゆく喪失感に押しつぶされそうになっていた。



『こちらはアメリカ海軍駆逐艦ヘイウッド・L・エドワーズ。Y号作戦従事者に伝える、武装を封じ、停戦の意志を示されたい、当艦は協定に基づき、貴君等の処遇については保証する。米海軍の一部が、軍規を侵し、貴君等を攻撃した件については弁明の余地がない、これは突発的な事故で在ることをご理解頂きたい」


 これまでの無線とは明らかに異なる内容が、こちらに告げられた。

 丁度、山本艦長が総員退艦命令を出す直前の事であった。

 14潜は、もはや戦闘機能を喪失しているため、これ以上の停戦の意志シグナルは無いだろう。

 しかし、15潜は、ほとんど無傷だ。

 それ故に、15潜は浮上後、機関を停止し、白旗を立て、国際的な停戦意志を示した。


 こうして、津軽海峡沖の戦いは、多くの犠牲を出しつつ、幕切れとなった。


 後方から迫っていた駆逐艦は、どうやら最初から駆逐艦ベニオンと行動をともにしていた2隻であり、マーシャンの息がかかっておらず、攻撃に荷担する予定は無かったのだそうだ。

 ベニオンの艦長と、後続の一隻、駆逐艦ノーマンのみが、どうしてか14潜に対して攻撃を加えてきたのだ。


 それについて、アメリカ海軍側も、首を傾げる他は無かった。

 理由を知っていいるのは、俺たち5人だけだろう。

 マーシャン・ディッカーソンの目論見は、こうして潰えたのだ。


 彼らがそう言うのでれば、旧海軍のメンバーは、それを信じるしか無い。

 なにしろ、交戦中だった二隻の駆逐艦は、14潜が沈めてしまったのだから。

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