第354話 機関停止命令
玲子君の、突然の申し出に失笑されるかと思いきや、艦内は異様に静まり返った。
俺たちは、勢いでここまで来てしまったが、14潜の乗組員全員が、何故俺たちがここに居るのかが不明なままであったからだ。
断片的な話を聞いていれば、玲子君が北村少佐の娘であることは理解出来ても、残りの外国人風の4名と俺が一体何者なのかは依然不明のままなのだ。
ましてや、俺は「斎藤君」と呼ばれて、日本人であることは予測出来ていても、アメリカ軍の軍服を着ていて、日本語も英語も流暢に話せる。
極めつけは、北村少佐の口から発せられた「菩薩」という単語だ。
あの混乱の中にあって、14潜の甲板に突然現れたのだから、あながち嘘にも聞こえないようだった。
、、、だからって、俺が救世主なんてトンでも話を、まさか信じることは無いだろう、そう思っていた。
そして、玲子君は続けて北村少佐にこう話を続けたのだ。
「私達は、これまで雄介様のご指示によって、多くの困難を潜り抜けてきました、今回も必ず私達を導いてくださいます、どうか話だけでも聞いてはいただけないでしょうか」
これが、俺や玲子君だけなら説得力は無かったかもしれない、しかし、このメンバー、、、、特にゼンガなどは、明らかに現生人類と一線を画すようなその風貌から、なにかよほどの事情を持って我々がここにいるという事の証明になったようだった。
そして、艦長の山本提督が口を開いた。
「北村少佐、あまり時間はないが、この斎藤君の話も、少し聞いてみたい。もし、この危機を脱する秘策をもって、14潜の浮上を申し出たなら、、、、今は聞くべきなのかもしれないな」
山本提督の、海軍軍人としての「勘」というやつが、どうやら何かを感じ取ったようだった。
俺は、早速14潜の主要幹部を海図の前に集め、短い時間で作戦案について説明した。
「敵駆逐艦、スクリュー音を確認、本艦に接近中!」
音響員が、いよいよ駆逐艦ベニオンの動きを察知した。
これからの戦いは、時間との勝負だ。
「斎藤君、やれるか?」
山本艦長のその言葉に、俺は笑顔で答えた。
「はい、問題ありません、ベニオンの艦長の両足には、一発づつ銃弾を撃ち込んでありますから」
山本提督は、それを聞いて少し驚いた様子だったが、北村少佐と二人ですこしだけ笑っていた。
青森沖で停止していた駆逐艦ベニオンは、14潜が潜行していると思われる津軽海峡方向に向け、第1戦速で迫りつつあった。
海中には、潜水艦を索敵する際に聞こえる「ピーン」という探音が何度もこだまする。
当然だ。
ベニオンは、俺たちの位置を必死で評定しようとしている。
それが、逆に仇になるとも知らず。
そして、駆逐艦ベニオンの乗組員は、予想外のものを見ることになる。
「艦長、伊号第14潜水艦、浮上します!」
「何?、奴ら、敵わないと考えて、降伏でもする気か?、構わん、14潜に停止を命ずる信号と通信を繰り返せ」
「停止したら、どうされますか?」
「決まっているだろ、即時魚雷攻撃により、14潜を撃沈しろ」
それを聞いたベニオンの水雷長は、怪訝な顔つきになったが、マーベリック艦長には、それを悟られないようポーカーフェイスを貫いた。
「伊号第14潜水艦に告ぐ、直ちに機関を停止させ、降伏の意思を示されたい、さもなくば攻撃する」
無線と発光信号により、停船の命令は繰り返し行われた。
「艦長、14潜からは何の回答もありません」
「よし、魚雷発射と同時に取舵一杯、最大戦速」
マーベリック艦長が、左回頭後、最大速度で14潜の側面に回り、砲撃を加えるよう、命令を下した次の瞬間だった。
14潜の主砲、140mm砲が火を噴いた。
「艦長!、14潜が主砲を発射、本艦右舷後部に被弾」
「損害は?」
「はい、ボイラー出力が低下、速力が出ません!」
「クソ!、奴らめ、砲撃で駆逐艦とやり合う気か?、愚かな。山本はもう少し頭の良い男だと思っていたが、とんだ間抜けのようだな。よし、ならばこちらも主砲で応戦だ、全砲門、14潜に照準合わせ、用意次第、直ちに砲撃開始」
駆逐艦ベニオンの主砲は、急速に14潜にその照準を合わせていた。
こうして、海軍史上稀に見る、潜水艦と駆逐艦による砲撃戦が始まったのだ。
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