第74話 最後の休息

 勇たちが進攻したのとは別のルートで聖たちは一足先に魔族の領域へと足を踏み入れていた。

 途中、何度か変装して魔族の町に入り、様々な情報を集めたために目的の場所は分かっている。

 今はその目的地を目の前にして、谷で休憩を取っている段階だ。

 沙苗が鍋でスープを作り、聖がパンにバターを塗っている。周辺は未玖とエリザベートが警戒していた。

 やがて、スープが完成してパンにも少し火が通って料理ができあがると、聖が未玖たちを呼び寄せる。


「ご飯ができたよ。食べて、今日は早く眠ろう」


 突入の段階はこの後決めるが、明日にも目的地――魔王レングラードの居城である天帝の暗黒魔城が浮かぶ領域に到達できるはずだ。

 遂に近付く決戦を前に、食事を囲むこの時間も緊張が流れる。


「魔王を倒せば、私たちは元の世界に帰ることができるんだよね?」

「フォレア様に頼めば帰してくれると思う。……けど」

「生き残れるのかな? 私、自信が無いよ……」


 これまでは聖とエリザベートの奮闘でどうにか生き残ってきた未玖と沙苗だが、魔王城に突入するとなるとそうはいかないかもしれない。

 それに、敵はレングラードだけではない。それ以上の脅威がいまだに残っている。


「魔王の城には叶もいるのかな?」

「……恐らくは。あの吸血鬼や魔剣士も一緒の可能性があるでしょうね」


 アルカンレティアで想像を絶する戦力差を見せつけてきた敵の姿を思い出し、エリザベートが体を震わせる。

 今のエリザベートたちなら全力で挑めば一人くらいは互角に持ち込めるだろうが、二人同時に戦闘となれば敗色が濃厚だ。勇と合流しても状況は変わらない。

 取り逃がしたアールコーンも強かった。魔王軍の幹部クラスでもう限界なのに、それよりもさらに強い魔王と戦って勝てるかは不安に思っている。

 食事の手が止まり、沈黙が流れる。

 そこに、その重い空気を破るような足音が聞こえた。


「美味しそうなスープじゃない。私にも分けてよ」


 その声が聞こえた瞬間、聖が目を見開いた。

 沙苗と未玖は体を強張らせてピクリとも動かなくなり、呼吸を速くする。

 エリザベートは瞬時に飛び退いて抜剣しようとするが、剣を抜こうとした腕は声の人物の隣に立っていた青年が素早く飛び込み、腕を押さえつけて抜けなくする。


「戦いに来たんじゃないの。お話がてら、ご飯をもらえないかと思っただけ。武器を下げて」


 そう、叶ができる限り優しくエリザベートに語りかけた。

 警戒を残す目をしながら剣の柄から手を離すと、それに合わせてエリザベートの腕を掴んでいたレンも腕を離した。

 叶が聖の隣に腰を下ろし、その後ろにレンとイリス、そしてサラが立つ。

 なおも怯え続ける未玖たちだったが、先に沙苗がゆっくりと平静を取り戻し、器にスープを注いで叶たちに振る舞った。


「これ、どうぞ」

「ありがと。このスープ、沙苗ちゃんが作ったんだね。料理ができるの知らなかったよ」


 受け取った器をレンたちにも渡し、美味しいスープに目を輝かせている。

 本当に戦うつもりがないと分かり、少しは緊張が解けた。

 ただ、口数は少なくなり、そしてスープの鍋が空になる頃になってようやく聖が口を開く。


「それで叶は、一体何をしに来たの?」


 聞かれ、顎に指を当てて考える素振りを見せた叶は、一拍開けて答えた。


「レングラードに合流しようと移動してたら聖たちを見つけたから立ち寄った。降伏勧告をしに来たんだよ」


 叶が体の向きを変え、聖へと手を差し出す。


「ねぇ聖。いい加減に現実を見よう? 勇たちじゃ勝ち目はないよ? 私たちの側に付いてよ」

「……それは、私に言っているの?」

「聖がこのグループの代表かなって。沙苗ちゃんも未玖ちゃんも死にたくはないんじゃない? あいつらが全員死ぬまでゆっくりおもてなしを受けててよ。元の世界に帰りたければ、フォレアじゃなくてアルマ様にお願いすればいいんだし」


 何度目かの誘い文句。

 聖が返事をする前に、沙苗が気になったことを尋ねる。


「……ねぇ叶ちゃん。その、こんなこと聞くの変かもしれないけど、どうして私たちまで助けるみたいなことを……?」

「聖がわざわざ二人を連れ出した。それ、多分だけど二人は私の味方をしてくれていたってことだよね。ごめんね、気づかなかったら二人も殺しちゃうところだった」

「そっか。私こそごめん、何もできなかった……」


 叶も沙苗もお互いに謝る。

 すると次に、エリザベートが覚悟を決めた目で頭を下げた。


「ごめんなさいカナウさん、セイ様。私は、皆様がどのような選択をしても、カナウさんと共に行くことはできません。私は一人でも魔王城に乗り込み、敵を討ちます。魔王は倒せませんがせめて幹部だけでも」

「そっか。エリザベートさんなら彼我の戦力差を分かってくれると思っていたんだけど。でも信念でその道を選ぶんですね」

「ええ。この選択の先に貴女方と剣を交えて殺されようと、悔いはありません」


 ここまで覚悟が決まっていると、エリザベートの勧誘はどう足掻いても不可能だ。

 そして、その姿を見た聖は拳を固く握りしめ、差し出された叶の手を下げさせた。


「……拒絶、ということでいい?」

「ごめん。私は叶と戦うつもりはない。でも、この場ではっきりと言わせてもらう。私は魔王城へ乗り込んで、魔王を倒し、そして……勇と梓、それからアルマを確実に殺す」


 強い決意の発言に未玖と沙苗が息を呑んだ。

 言葉の重みが違う。冗談ではなく本気でクラスメートを殺すつもりの聖にたじろいだ。

 聖は、未玖と沙苗に向いて優しく笑いかける。


「ここまで付いてきてくれてありがとう。でも、ここから先は自由に行って。クラスメート殺しの十字架が重すぎるなら、叶の言うとおりすべてが終わるまでおもてなしを受ければいい」

「……アルマ様と敵対する理由は何? 聖がアルマ様を殺そうとするのと同じように、私はフォレアを殺すよ。誰が沙苗ちゃんたちを地球に帰すの?」

「あいつの性格なら、二人を帰した後に戦いを受け入れるはず。それは別にして、全部悪いのは勇たちだけど、叶を魔王にして関係ない大勢を殺させた罰は受けさせたいんだよ」

「……なるほど、そっか」


 叶が肩をすくめると、未玖と沙苗の二人も続いた。


「本当にごめんね叶ちゃん。私、やっぱり聖ちゃんに付いていきたい」

「許せないって言うんだったら、怖いけど戦う……!」


 今にも泣きそうな声の未玖に、叶はそっと近付き頭を撫でた。


「私は殺さない。サラたちも見逃してくれると嬉しい」

「カナウ様がそう言うのなら」

「お姉ちゃんに従います!」

「あの女じゃない人に興味はありません。攻撃してくるなら別ですが」


 叶は頷き、そして聖たちから離れた。

 闇の翼を展開し、空へと飛び上がる。


「ここを越えたら天帝の暗黒魔城だよ。長い旅路、お疲れ様」

「もうすぐそこなんだね……!」

「私は少しだけ遊んでからレングラードに合流するけど、一足先に行って待ってるからね」

「叶、その時は私たちと……」

「敵だけど攻撃しないから安心して。あ、私は甘いから、私たちの側に付きたくなったらいつでも教えてね」


 そう言い残し、叶たちが飛び去っていった。

 空の色が変貌しているのが見える。

 鳴り響く恐ろしい稲妻で、決戦の舞台はすぐそこにあることをはっきりと認識した。

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