第73話 いざ決戦に向け

 水穂を始末し、次の獲物について叶が思案を巡らせている時にその報告は届いた。

 キルキャットが二体、叶にレングラードから聞かされた内容を伝えている。


「勇が動いたか。魔王軍への大規模反攻作戦を掲げて兵力もかき集めたと」


 当初の予定では、叶たちが少しずつ戦線を押し上げてレングラードが一気にケリを付けるはずだった。

 ところが、現実はあまりにも理想とかけ離れている。

 想像以上に抵抗が激しく、脅威になりそうな異世界転移組は叶が潰して回っているとは言え、主に聖たちの動きにより進軍のための拠点が構築できないでいた。

 その上、レングラードの軍は多くの将兵を失い幹部にも多大な犠牲が出ている。叶もセバスチャンを失った。

 そこに追い打ちをかけるような反撃。それで魔王領への突破口を形成されてしまっているのだから言葉が出なかった。

 勇が魔王討伐に向けて本格的に動き出したということは、フォレアからの強化支援を受けているのはほぼ確実だ。他のメンバーも強化を受けているかもしれない。

 少数であれば叶一人で問題なく倒していくことができる。しかし、固まって進まれると、殺すことはできるだろうが本来の目的である苦しめて殺すほどの時間的余裕が確保できない。

 状況的にはあまりよくない展開だった。

 しかし、よくないというだけでダメなわけではない。

 固まって進もうと、叶たちの支配地域であれば罠などで容易に分断することができる。それに、単独での戦闘であれば叶が負けるはずがないのだ。

 とはいえ、当初の作戦は破綻し、レングラードたちは少しずつ魔物たちを引き上げているという。

 叶だけ攻撃を続けようにも戦力が足りず、ここは動きを合わせるしかない。


「サラ。残っている魔物を戻しつつ私たちも撤退。フレスベルグを用意しておいて」

「了解しました」

「あぁそれと。私の魔王城と町はそのまま次代の魔族のために残すから。撤退後はイリスとレンを連れてレングラードの魔王城に集合ね」

「はい」


 放棄した拠点を利用されるのも困ると思い、魔法が使える魔物を大量に呼び出した。

 爆破系の魔法で建物も人々の遺体も根こそぎ吹き飛ばし、物資を集めて引き上げの準備を進める。

 輸送用にがっしりとした体格の魔物たちを呼び出し、叶たちは自分たちの領域へと引き上げていった。


◆◆◆◆◆


 魔王が支配する領域に繋がる境界線を守護していた幹部を倒した。

 魔族領への道が開かれ、いよいよ魔王討伐の時が来たと、兵士たちが大いに盛り上がっている。

 勇者である勇を筆頭に、各地からかき集めてきたすべての英雄と呼ばれる者たち、それから生き残っている勇の仲間たちも全員が揃っていた。

 そして、列の最後方には、教会の人間たちや、勇の支援と打倒アルマを掲げてフォレアも同行している。

 黒紫の稲妻が迸り、こちら側を威圧してくるような空を睨みながら、勇は大きく呼吸した。聖剣の柄にそっと手を置く。


「いよいよ、か」

「自信のほどは?」


 勇の傍らに立つ梓がそう尋ねる。

 静かに抜剣した勇は、輝く刀身を見ながら視線は合わせずに返事をする。


「問題ない。境界を守っていた幹部も皆の協力で倒すことができた。誰が敵だろうと勝てる」

「それはどうだろう。あいつの力は……」

「俺なら問題ない。叶が相手だとしても、勇者の俺なら殺すことができる」


 梓が叶に敗北し、担任の水穂が脱出に失敗して恐らく殺されたことは勇も知っている。

 最初はどうしようかと考えたが、フォレアからの情報で、梓が叶に勝てなかったのはジョブによる影響だということが既に分かっている。

 ならば、勇者の力がある勇であれば叶にも有効打を加えることができるのだ。


「お前だって許せないだろ。奴隷は奴隷らしく一生俺たちに従っていればいいんだよ。なのに生意気にも刃向かいやがって」

「それもそうね。もう私も容赦しない」

「フォレア様からいただいた力があれば、魔王だかなんだか知らないが俺が叶に負けるなんてあり得ねぇ。あいつ見た目だけはいいから犯して孕ませてから殺すわ」

「こっちの世界にカメラがないのが残念。めっちゃいい金づるになるじゃんそれ」


 耳に残るような笑い方。

 勇もフッと笑った後、そういえば、と手を打った。


「聖たちも気に入らねぇよな。クラスのリーダーである俺に逆らって勝手に出ていったし」

「あの良い子ちゃんも見ててムカつくよね。どさくさにまぎれて何かやっちゃう?」

「……そう、だな。魔王と戦っていればあいつらも来るだろ。魔王軍のせいにして聖も殺すか」

「ほんと勇ってこわーい」


 そんな、心にもないことを茶化すように言う。

 騎士団長が近付いてくるのが見え、勇はため息混じりに聖剣を構えた。


「じゃあ、仕事するわ」

「おっけー」


 梓が勇から離れ、代わりに隣に立つ騎士団長の前で勇が聖剣を振り上げる。

 輝く光が人々の注目を一挙に集め、大勢が見ている前で高らかに宣言した。


「これより我らは魔王を討つ! 皆が安全に暮らせる未来のために行きましょう!」


 好青年の仕草を発揮し、全体の士気を高める。

 爽やかな顔とは裏腹に、腹の内にはどす黒いものが渦巻いていた。

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