第72話 光で照らす者
一体一体は聖から見ればそれほど強くない悪魔たちでも、これだけの数がいれば話は別だ。
その上、手際のいいアールコーンのことだ。書庫で見た悪魔についての悍ましい記載を思い返しながら、杖を握る力を強める。
「こいつら、疑似悪魔も多いでしょうけど本物もいるんでしょう? ネームドも悪魔もいたらお手上げね……」
「さすが聡明なセイ様。ご想像の通り、この者らは大半が本物の悪魔を真似て作りだした擬似的な存在です。しかし、ネームドとはいかずとも高名な悪魔も数体連れてきておりますよ」
「感じるこの威圧……ご丁寧に概念強化まで……!」
「人類の記録というものはバカにできませんね。それとも、その文献をしっかり読んで記憶したセイ様が素晴らしいのでしょうか。概念強化を使用できる個体も混じっています。天地がひっくり返ろうと勝ち目はございませんので、大人しく我々と来てください。無用な殺生は好みませんので」
悪魔というのは概念的な存在だ。並行する異世界全てと繋がる煉獄魔界といわれる世界の深奥の領域に本体がいるとされているが、その定義は世界によって異なる曖昧な存在。
そんな特殊な立ち位置故に、概念強化と呼ばれる恐ろしい能力を使うことのできる悪魔が存在した。
フォレアやアルマといった真性の神とは少し違い、神の如き力を持つものの真の意味では神と言えない概念神と呼ばれる存在や、一部の悪魔たちが使うこの概念強化という技は、簡単にいうと、一定範囲内で自己に対して恐怖や畏怖といった感情を抱く者の数に応じて際限なく強くなるというものだ。
カラクリさえ分かれば自意識をコントロールして発動を防ぐことはできるが、知らなければ対処のしようがない。
聖は書物で勉強していて知っていたから覚えることなく毅然とした態度を保てている。しかし、後ろの町にいる兵士たちは違った。
空を埋め尽くし、さらにはアールコーンの魔法による効果だが、通常ではあり得ない気象を作り出されて恐怖している。
悪魔たちは、そんな感情に反応して次々と強くなっていった。
「時間経過と共に我々が有利になります。早めの決断を」
「そう、ね。もう決めてるから!!」
そう言った聖が杖を振り上げた。
巨大な光の球体が天高く飛んでいき、遅れて五つほど小さめの光の球体が空中に待機した。
球体が互いにぶつかり爆ぜて、稲妻を生み出していく。
「私は絶対に屈しない! ここで折れたら叶には一生届かないもの! 落ちてきなさい! “バースト・エレメンタルボルト”!!」
五つの球体から眩い光が放たれ、無数の雷撃が悪魔たちを襲った。
金色の雷光が闇を照らし、悪魔たちの絶叫が轟く。
被害に遭わないように防御態勢を取っていたアールコーンは、攻撃が終わると同時に守りを解いて惨状に目を細めた。
「これはこれは。疑似悪魔の大半を壊滅させられるとは」
「でも、予想はしていたけど……ッ!」
忌々しげに聖が舌打ちをして空を見る。
焼け焦げた灰の一部が蠢き、空中で結集して悪魔の姿に変わっていく。
そうして、無傷で復活した指揮官クラスの悪魔たちが胸を叩きながら吼えた。
「人間が勝てないからこその怪物、悪魔なのです。疑似存在とは違う。根本の概念から滅さない限り、たとえ死んでも蘇ります」
「……根本から滅する。できるかは分からないけど……!」
「何かお考えでもあるのでしょうか? ですが、あまり時間をかけても無駄なのでそろそろ……ッ!?」
危険を感じ取ったアールコーンが全力で魔法防御を自身に施し、強く地を蹴って離脱した。
直後、空から極大の光の柱が降り注ぎ、アールコーンと悪魔たちを呑み込んで輝いた。
「これ……は……ッ!?」
「“ジャッジメント・ピラーレイ”。スペースの力が持つ最高峰の奥義。……光の神々が邪神に抗するために生み出した魔法……!」
「な……ッ!? “鑑定”!」
ここにきてようやくアールコーンは、聖の力が事前情報と異なる可能性に気が付いた。
ダメージを癒やしながら聖の力を確認し、そして驚きに目を見開く。思わず口を半開きにするほどの衝撃だった。
【巫 聖】
種族〈人間〉 性別〈女〉 総合レベル1884 ジョブ〈スペースレベル999+ 勇者レベル12 魔王レベル1 女神レベル3〉
フォレアからの強化支援を受けた聖は、それを自分の力として取り込み覚醒させていた。さらに、洗脳の追加効果をアルマの能力が弾いたことで二人の神の力が不自然に混ざり、光と闇の潜在能力が表に出始めている。
スペースのジョブすらまだ成長限界に達していないと聞かされていたアールコーンは、想像していなかった戦力差に冷や汗を流した。
消滅していく悪魔たちを眺め、翼を広げる。
「悪魔たちの敵対者たる女神の力を使うとは、恐れ入りました。悪魔の概念を滅することのできるセイ様に私が挑んでも無駄死にするだけ。ここは退くといたしましょう」
「逃がすとでも? ここで倒してみせる!」
「先ほどの一撃、強力ですが相当に魔力を消費すると見ました。もう魔力が底を尽きかけているのでは?」
「……くっ」
アールコーンに指摘され、そっぽを向く聖。図星だった。
翼をはためかせて飛翔し、飛び去る準備をアールコーンは整える。
「今のセイ様ならば、エリザベート様を治癒することも容易でしょう。その間に撤退させていただきます。では、二度と会わないことを祈ってここで失礼します」
恭しく一礼し、アールコーンが飛び去っていった。
聖が慌ててエリザベートに近寄り、回復魔法をかけ始める。
戦闘を素早く終わらせることができたのは救いだった。おかげでエリザベートの毒の回りは遅い。
叶と拮抗できるかもしれない力を手に入れた聖は、静かに手を見つめて拳を握り固めるのだった。
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