第71話 光を狙う者

 攻撃を受けていた町を守り抜き、魔王軍を撤退させた。

 生き残っていた兵士たちは喜びを爆発させているが、少女――聖は、暗い顔で町の様子を眺めていた。

 救援が遅かったせいで、多くの犠牲者が出てしまった。その上、攻めてきた魔王軍を率いる幹部を今回は取り逃がしてしまったのだ。

 手放しで喜べる戦果ではない。しかし、そんな風に落ち込む聖の背中をエリザベートが優しくさすった。


「気にしなくていいんですよセイ様。むしろ、あの状態からよく戦況をひっくり返すことができました。誇っていいんです」

「で、でもそれはほとんどエリザベートさんのお力があってのことだし、幹部まで……」

「魔王軍の幹部クラスは倒せないのが当たり前ですから。本来は勇者様方が相手する存在であって、倒せちゃう私が異常なんです」


 励ましか自虐か分からない風にエリザベートは笑う。

 気にしていたもやが少し晴れたような気分になった。行動を認めてくれる存在がいると、やはり心強い。

 未玖たちは町の人に交じり、瓦礫の中に生存者がいないか探して回っている。

 そこに合流しようと聖が動き始めると、頭の中に声が響いてきた。


『聖さん。聞こえますか?』

「フォレア様?」


 焦燥感を滲ませるフォレアの声。

 何か、大変なことがあったのかと嫌な予感がしていると、その予感が的中していることをフォレアからの言葉で理解した。


『また複数の犠牲者が……水穂さんたちの反応も確認できなくなりました。恐らくは、叶さんに……』

「……ッ! そんな……」


 勇が手も足も出なかった時点である程度予想はしていたが、やはり強力なジョブを持っている水穂でも勝てなかった。

 叶の力は強すぎる。それに、叶に付き従う幹部たちの戦力も非常に高い。

 もう一人の魔王が従える幹部たちに手こずっているような現状では、とてもじゃないが叶たちには及ばなかった。

 悔しいと唇を噛みしめる聖に、フォレアは話し続ける。


『水穂さんたちは負けてしまいましたが、まだ聖さんがいます。まだ勝ちの目は残っています』

「だといいですけど……」

『大丈夫です。バランスが取れるよう、勇さんと聖さんが強くなれるように私が支援するので!』


 聖の足元から金色の粒子が沸き上がってくる。

 その粒子が聖の体に触れ――




 ――る寸前、聖を黒紫の光が包んで金色の粒子を弾き飛ばした。


「え!?」

『な……!? 弾かれた!? どうして……』

「フォレア様?」

『まさか……ッ! アルマの……!?』


 何が起きているのか分からずに混乱する聖。

 聖を包んでいた黒紫の光は、薄く広がって弾き飛ばした金色の粒子を侵蝕していった。

 濁った光へと変貌させ、それらを吸い寄せて聖の体へと送り込む。

 すると、強くなっていくことを聖も自覚していた。総合レベルが上がっていくのとは別に、万能感が体に満ちていくのを感じる。


「すごい……この変化はなに……?」

『あ、あれ? 成功してる? 弾かれてない? あれ?』


 フォレアの戸惑う声が聞こえる。

 と、ここでいきなりフォレアからの声が途切れた。

 それと同時にエリザベートが何かに気づいたように空を見上げ、聖を突き飛ばした。


「危ないッ!」


 そんな声が聞こえた直後、黒く大きな影が空から降ってきた。

 地面を転がり、すぐに体を起こした聖は言葉を失う。

 巨大なコウモリの翼を持つ赤いスーツを着た悪魔のような男が地上に立っていた。

 男の手から伸びる爪は鋭く、先端から紫の液体が垂れている。それに混じり流れる赤い液体は、紛う事なき胸部を刺し貫かれたエリザベートの血であった。

 聖の前にエリザベートを放り捨てると、残虐な行為をした者と同一人物など思えないような恭しい最敬礼の姿勢を見せる。


「お初にお目にかかります。貴女様は異世界から来た勇者様のお仲間でお間違いないでしょうか?」

「ええ。にしては、物騒な挨拶よね。これが魔族流の挨拶なの?」

「これは失礼。ですが、そこの者が助けに入ると踏んで少々手荒な真似をさせていただきました。その女性がいると落ち着いた話はできないと思ったので。……もっとも」


 悪魔は血が付着した右手を眺めて不気味に笑う。


「心臓を破壊するつもりでしたが、見事に回避されてしまいました。さすがは、我々に打撃を与える英雄エリザベート様といったところでしょうか。まぁ爪には猛毒を仕込んでいますので、あと五分もしないうちに死に至るでしょうがね」


 血を吐き、苦しそうに呻くエリザベートの状態から猛毒は事実なのだろう。

 憎しみを込めた目を向けて、聖が鑑定を発動させた。


【アールコーン】

種族〈魔人〉 性別〈男〉 総合レベル1068 ジョブ〈悪魔レベル200 大魔導師レベル84 魔戦士レベル694〉


「総合レベルが高い……エリザベートさんとほぼ同格……!」

「おや? 偽装しているはずですが……突破されましたか。さすがです称賛いたします」

「そんなことはどうでもいい! 目的は何!?」

「そうでした。では、手短に申しましょうか」


 アールコーンは、伸ばした爪を引っ込めて警戒させないように意識しながら腕を差し出した。


「我が主君魔王レングラード様と、レングラード様が崇拝する邪神様よりカンナギセイ様の保護を命じられています。貴女様ですよね? どうか、ご同行願えないでしょうか?」

「従うとでも……」

「拒否されますと、遺憾ながら後ろにある町を悪魔の大軍で壊滅させていただきます。もちろん、保護命令が出ているのはセイ様だけなので、ご友人の皆様も皆殺しです」


 いつの間にか、空一面に大小様々な悪魔たちが待機していた。

 逃げ道を塞ぐ速度の早さと手際の良さに悔しさを滲ませ、必死に頭を回転させて最善の道を探すしかなかった。

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