第70話 惨劇の予感
「カナウ様、そろそろ……」
「
一面の血の海で、昏い笑みを浮かべた叶が足元の肉塊を見下ろしている。
腕はもう元の形をしておらず、骨と肉が無理やりに接合されたような惨たらしい有様だった。それは、足も同様である。
五体満足、にはほど遠い惨状。辛うじて原型をとどめているのは頭くらいのものか。
何十回何百回殺されたのか、すべてを赤く染める血液の海で喘ぐ水穂は、虚ろな目で涙を流す水分すらも残っていなかった。
髪を掴み、乱雑に持ち上げて間近で顔を覗き込む。
「いいざま。誰も助けてくれない苦痛と絶望が少しは理解できたかしら?」
「……」
「喋る気力すらも残ってないか。何回も死んじゃったものね~」
くすくすと笑う叶にサラが恐ろしさと共に頼もしさを改めて感じる。
情報収集をする課程で、水穂が人類側にとって大きな心理的支えになっていたことは把握済みだ。レングラードの軍との情報共有でも、水穂率いる部隊とエリザベート率いる部隊の二つに苦戦していると聞いていた。
それを、叶は一瞬で下して見せた。大魔王としての格に、魔族の視点で見るとこの上なく頼もしい。
これ以上は回復魔法が効かないため、殺してしまわないように注意を払いながら嬲り、痛めつけていく。
叶の魔法により極限まで膨れ上がった痛覚は、もはや何も感じないまでになっていた。
常人ならとっくに気を失っているほどだが、大魔導師のジョブが持つ能力のせいで意識を保ち続けているという地獄である。
反応のない水穂に叶がため息を吐いた。そろそろ、飽きてきた。
もう殺してしまおう。
そう考えた叶が闇でナイフを作り腕を振り上げると、それをアルマが制止した。
「まぁ待て。ちょーっと面白いことを考えたし、このまま殺すのはさすがに惜しい」
「と、言うと?」
「外道極まりない魔法を教えてやるよ。それに、もう少し話があるんじゃないか? もしあるなら生きているうちに全部終わらせておけ」
アルマが指を鳴らすと、どこかから赤黒い闇の腕が伸びてきて水穂の頭を力任せに掴んだ。指が脳に達するほど深く食い込んでいる。
「“マインド・ジャック”。さぁ、どうぞ?」
「……ねぇ先生。どうして私を助けてくれなかったの? なんで誰も私を助けてくれようとしなかったの? 先生も主任も校長も……知っていたのにどうして?」
冷たい声で脅すように問いかける。
意識を乗っ取られているのが丸わかりの瞳をした水穂がゆっくりと顔を上げた。
「いじめなどというもんだいをみとめれば……われわれのたちばがうしなわれてしょうらいのこどもたちのきょういくにえいきょうする……」
「未来のために今一人に犠牲になれと? ずいぶん面白いこと言いますね」
「しかたない……しょうすうのぎせいでだいたすうがこうふくになるのなら」
「あっそ。大多数を生かすためなら少数を切り捨ててもいいんだ。よーくわかりましたよ」
苛立つような口ぶりになった後、叶がつま先で地面を突いた。
空を見上げ、暗雲に視線を固定しながら話し続ける。
「そういえば先生、知ってますか? この世界での人間と魔物の比率を」
「それは……まもののかずがおおい……」
「そう。でね、気づいたんだけど領域的には魔の領域の方が狭いんです。地球じゃ人口減少が問題になっていたけど、こっちでは逆に生存領域の確保が問題になっている」
アルマが俯き肩を震わせ笑い始めた。
アルマと叶が何を企んでいるかを知らないサラが不穏な空気に背筋を凍らせる。
「先生の理論ならさ、大多数の魔物のために人類が犠牲になるのは仕方ないよね」
指を離し、水穂に意識を返す。
我に返った水穂が叶の発言に目を見開いた。
「なにを……するつもりだ……!?」
「んー? お祭り?」
「聖には怒られそうだがな。話が違うー! つって」
「カナウ様? 邪神様? 何をするつもりですか……?」
サラもいよいよ恐怖が勝ってくる。
自分たちには悪影響がないことだろうが、それでも過去類を見ない悍ましい計画を立てていることは明らかだった。
アルマが叶に耳打ちし、頷いた叶が水穂に手をかざす。
黒い魔力が迸ると、水穂の体に変化が起きて膨れ上がりを見せた。
「がッ! あギぃ!」
「“クリエイションアンデッド”。リッチーにするつもりでしたが、殺しすぎたせいかよく分からない化け物になってますね~」
変貌が止まらない水穂の体に触れ、嗤う。
「誰かさんたちが私たちの計画を引っかき回してくれちゃったせいで、緊急用のプランBに変更せざるをえなくなっちゃいましたからね」
「え、聞いてない……」
「どちらの軍の幹部も知らないよ。……私とレングラードで仕込みは大体終わってる。世界規模で面白い惨劇を引き起こしてあげますから、まぁ生きてて意識も残っていたら楽しみにしててくださいね」
化け物に変わりゆく水穂に、そう言ってやった。
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