第75話 魔王城を目前に

 勇たちの本陣から少し離れ、数人が先行して魔王の城の偵察に向かっていた。

 進むにつれて、闇の魔力がどんどん強くなっている。竜の咆哮が聞こえ、恐ろしい雷鳴が耳へと届く。

 高まる殺気に怯えながらも、勇気を奮い立たせて先に進む一団。

 その先頭を務め、周囲を警戒しながら硬く手を握り合っている二人の男女はそれぞれ、叶のクラスメートで名前を、男子が影野祥吾かげのしょうご、女子が蔭山三鈴かげやまみすずといった。

 二人とも追跡者チェイサーというジョブに選ばれ、対象の追跡や敵の偵察などに長けていた。

 今回、魔王城について可能な限りの情報を持ち帰り、最善のルートで攻撃を仕掛けるためにこうして先行して敵の確認に出向いていた。

 大型生物の骨で作られた森のような不気味な地形に入り込み、空からの監視を避けながら行軍を進める。


「もうすぐこの戦いも終わるんだね」


 周囲への警戒は続けながら、ボソリと三鈴が言った。

 同じように死角からの襲撃を考え辺りを見渡しながら、祥吾が三鈴の言葉に深く頷く。


「だね。魔王を倒して、一緒に元の世界に帰るんだ」


 手を繋ぎ、帰還を心に決める。

 二人は同じ中学出身で、家も近く小さな頃から仲がよかった。

 そして、中学卒業を機に祥吾のほうから告白し、交際に発展して高校生活を始めたのだ。

 あまり目立つ方ではない二人は学校ではあまり話さず、放課後になると様々な場所でデートをしていた。日が当たらない地味な性格だと小中では馬鹿にされることもあったが、趣味の合う恋人との時間は楽しく、声には出さないだけで、気は早いが結婚も意識し始めている。

 異世界という過酷な環境で生き抜き、無事に元の世界に帰ることができたのならば二人の間に結ばれる絆はより深いものとなる。

 何としてでも揃って生きて帰るため、勇たちには頑張ってもらうしかないのだ。

 そのために、些細な情報でも余さず持ち帰り、攻略の糸口に繋げようとする。

 骨の森を抜け、開けた場所に出そうになり、祥吾たちが歩みを止めた。

 同行してくれたこの世界のチェイサーのジョブを持つ人たちに待機の指示を出して、二人でゆっくりと様子をうかがう。

 見えたのは、空に浮かぶ巨大な黒い城だった。

 稲妻が轟き、禍々しい雰囲気を放っている。周囲には警備の魔族が竜に乗って飛び回り、接近すれば即座に気づかれてしまう。


「あれが、魔王の城……」

「本当にRPGゲームに出てくるお城そのまんまだな……苦労しそうだ」

「でも、私たちには勇君が付いてるから。どんなゲームも最後は勇者が勝つんだからきっと大丈夫!」

「うん。ここまで大勢の友達が死んでしまったけど、でも、その壁を乗り越えて僕たちは帰るんだ!」


 決意を固め、侵入できそうな場所がないか注意深く観察しようと、双眼鏡に似た魔道具を取りだした。

 と、その時だった。


「っ! ショウゴ様!」

「きゃあっ! 祥吾君!」

「地震!? 急にこんな……!」


 祥吾たちを地震が襲い、骨が崩れてきて怪我しないようにと頭を守り体を倒すことになる。

 城の偵察どころではなくなり、とりあえずは地震が収まるのを待つしかなかった。

 が、そんな余裕はないことをすぐに思い知らされることとなる。


「おい……森が……」


 そう呟いたのは、祥吾たちに同行していたチェイサーの男性だった。

 慌てて全員が男性が指さす方を見て、そして言葉を失う。

 森のようになっていた骨が動き出し、巨大な体を形成しようとしていたのだ。地面からは不気味に光る肉のようなものが浮き上がってきて、骨の手がそれを掴むと頭蓋骨のようなものの中心に空いた穴へとねじ込む。

 十メートルはあろうかという巨大な一つ目の骨の巨人が何体も起き上がった。巨人になっていない骨を掴み、棍棒のように持つと大声で吼える。


【スタルサイクロプス】

種族〈魔物〉 性別〈男〉 総合レベル1 ジョブ〈死霊レベル1〉


 総合レベルを見ると異常に弱い。

 だが、実力はそんなものではないと数人の修羅場をくぐり抜けてきた猛者たちは直感で感じ取った。本当は強い、と身構える。

 地上でのこの騒ぎで上空にいた竜たちが祥吾の存在に気が付いた。

 しかし、いつでも手出しができる位置まで降下すると、武器を構えて待機となる。

 だが、スタルサイクロプスの出現に動揺する祥吾たちはそんなこと気にしている余裕はなかった。


「森が全部モンスターだったの!?」

「そんなバカな! 気づかなかった!」

「ショウゴ様! ミスズ様! 逃げましょう!」

「そ、そうね! 全員退却を! 逃げよう祥吾君!」


 突然の事態に全員でどうにか突破口を見つけて逃げようと模索する。

 だが、その時、先に走り出したチェイサーの女性の首が刎ねられた。

 目の前でいきなり仲間が殺され、何が起きたのか分からない三鈴が呆然としている。

 噴きだした女性の血を頭から被り、鉄臭い匂いでようやく我に返ると、取り乱して泣き叫ぶ。


「や、やああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「落ち着いて三鈴! 大丈夫! 大丈夫だから!」

「いや! いやだぁ! 死にたくない!」

「――あっはは! ようやく理解できた? ここはゲームじゃない、現実なの」


 突如として聞こえた声に、祥吾が三鈴をなだめながら空を見る。

 そこには、竜たちをかき分けてゆっくりと降下してくる叶の姿があった。


「叶……ちゃん……」

「蔭山と影野……だったっけ? ごめんね名前忘れかけてたわ」

「叶ちゃんどうして……? まさか、全部……」

「そ。影討ちで女を殺したのも、骨を使ってスタルサイクロプスを生み出したのも私。昔ね、ここは巨大な生物の墓場だったらしいの。魔王の魔法で骨系の魔物が作り放題で助かっちゃうわよね」


 叶が指を鳴らすと、さらに多くのスタルサイクロプスが現れる。

 完全に退路を断たれ、絶望に沈む祥吾たちに向けて叶が笑いかける。


「勇者の仲間が苦境に陥ったとき、勇者は必ず助けるイベントがあるよね。なら、試しましょう。影野たちが生き残れたらここはゲームの世界。殺されちゃったら……ここは現実世界ってことだね」

「お願い……せめて三鈴だけは……助けて……」

「だーめ。でも、安心していいよ。私は一切手出ししないから。お前たちがそうしたのと同じように」


 そう言われ、祥吾は瞬間的に何のことを言っているのか悟った。

 梓たちに虐められている叶を、祥吾も三鈴もただ見ているだけだった。

 それが、同じ事ではあるが何百倍もの命の危険となって返ってきている。


「謝るから……どうか……ッ!」

「ご、ごごごごめんなさいごめんなさいっ! お願いします助けて……っ!」

「ゲーム世界だと信じてみれば? きっと勇者の勇君が助けてくれるはずだよ」


 叶が本当に静観の姿勢を見せると、スタルサイクロプスが地響きを立てながら一斉に走り出した。

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