第65話 犠牲
防壁が突破されたと報告を受け、セバスチャンは歯がみしていた。
叶から命じられた町の防衛。それが、人類の猛攻で陥落しそうになっている。
叶どころかレンにも顔向けできないほどの失態を犯しそうになっていて目に見えて焦っていた。
「く……っ! 勇者でもない者にこんな……」
奥歯を噛み砕いた瞬間、守りが突破されるような音が響いた。魔物の血肉が宙に飛ぶ光景も見える。
防壁を突破し、人類の軍勢がサジャルタの町へとなだれ込んだ。
すぐに体勢を立て直そうとセバスチャンが魔物たちに命令を下す。
「集まって攻撃を! 押し返すのです!」
魔物たちが命令通りに集団を形成し始める。
だが、塊になったところに轟々と燃え盛る火球が飛来。魔物たちの中心で爆発して焼け焦げた血肉へと変貌させてしまう。
熱風を頬で受け、忌々しげにセバスチャンは魔法を放った女――高橋水穂を睨む。
「行きましょう! 私たちに勝利を!」
水穂のかけ声で他とは少し違う装備を身につけた少年少女が騎士たちを引き連れ突撃を仕掛けてくる。
手近な魔物たちへ襲いかかり、少しの乱戦の後に切り捨てて次の敵へと向かっていた。叶から預かった魔物たちが次々倒されるという異常事態が起きている。
この状況にセバスチャンも冷や汗を流していた。
「あり得ない……カナウ様の話から考えてこの短時間にこれだけのレベルアップを……!?」
驚愕していたその時、横合いから殺意を感じて頭を傾けた。
次の瞬間、セバスチャンの頭があった位置を流星のようなエフェクトを纏う拳が通り過ぎてドリルブレッドに突き刺さった。胴体が吹き飛び、絶命する。
総合レベル200の魔物が一撃。こんなことあり得ないと冷や汗が止まらない。
素早く飛び下がった少女――三上梓が拳闘の構えを崩さずにセバスチャンと相対する。
「これでレベルアップ。で、お前が親玉ね」
「勇者の仲間か! この……っ!」
鑑定で梓の情報を確認する。そこには目を疑う情報が記載されていた。
【三上梓】
種族〈人間〉 性別〈女〉 総合レベル583 ジョブ〈武闘家レベル438〉
勇者でもないのにこの強さはあり得ない。否、勇者でもあり得なかった。
前後にステップを踏みながら梓が拳を硬く握り固める。
「覚悟しろ魔人! 女神様に仇をなす貴様等は私たちが一匹残らず殺す! それが終われば次は叶だ! 臓器全てを破壊し、股を引き裂き、首を引きちぎって殺してやるッ!!」
血走った目で叫ぶ梓に恐怖を感じた。
梓の動きを注視しようと目に力を入れた瞬間、姿が霞と消えた。同時に世界が回転して脳が痛みを知覚する。
懐に一瞬で入り込んだ梓が強烈なアッパーを叩き入れたのだ。
「“ライジング・アッパーブロー”。そして!」
足に力を込めてセバスチャンの背中を全力で蹴り上げる。
「“サマーソルトバスター”! からの!」
宙に飛ばして逃げ場をなくしたセバスチャンに向け、バチバチと弾ける稲妻を纏う右足を飛んで振り抜く。
「“雷轟裂波脚”!!」
攻撃がまともに入った。
大気を引き裂く稲妻のような衝撃波を胴体に受け、落雷のような轟音が響いた。
直撃の寸前で体勢を変えたために狙われた場所は外したが、それでもセバスチャンの左手足が粉々になってしまう。隔絶した力の差を感じていた。
総合レベルと力の強さが噛み合わない違和感を感じていた。表示されたレベルよりもずっと身体能力が高い。
反撃を試みようにも手段が乏しい。強力な魔法は使えるが、戦闘が本職ではないセバスチャンはどうしても不利になる。
それに、より威力の出せる左腕を失ったことでより苦境に立たされていた。
それでも残った右手で反撃を試みる。
「“ハイパー・ノヴァ”!」
梓がいる場所の空気が圧縮され、七色に輝いて爆発を引き起こす。
一瞬で起きた爆発を梓は察知して回避した。攻撃が不発に終わる。
攻撃の手は緩めない。諦めない。手のひらに火炎が燻る。
「“ブレイズミサイル”!!」
相当量の熱量を内包した火炎の塊が高速で飛んでいく。
着地した梓が腰を落とした。右腕を引き絞り、勢いよく突き出す。
「“正拳突き”」
突き出された拳の衝撃波で火炎が爆発した。梓には届かない。
爆炎で一瞬梓を見失う。
そのわずかな間で腕を交差させ、爆炎を突っ切った梓がセバスチャンの視界に再度現れたタイミングで技を打ち放った。
「これで終わらせる。“双拳乱撃”!」
両腕による無数の殴打。
全身を余すところなく打ち据えられ、セバスチャンがたじろいだ。意識が朦朧とする。
回転しながら後方宙返りをした梓が右腕に魔力を集めていく。今度こそ決めるつもりだ。
抗う力も残っていないセバスチャンは、梓の技の準備を目にしながら小さく口を動かした。
「申し訳……ありません……カナウ様……レン様……このセバス……お先に……失礼……いたします……」
遠い過去、レンと出会い暮らした日々が脳裏に過ぎ去って――
「“流星拳・一閃”!!」
梓必殺の一撃が迫り来る現実を黙って受け入れた。
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