第64話 宿敵に向けて

 偵察に出していたキルキャットが帰還し、叶の顔が不気味に歪んだ。

 その様子を近くで見ていたサラが身震いする中、情報を持ち帰ったキルキャットを労い視線を彼方の地に向ける。


「遂に来たか……待っていたわよ。梓……ッ!」


 心から殺したいと憎んでいた相手が王都を出たという報告。それは、叶が待ち望んでいた情報だった。

 自分の力も充分に確認できた。敵の力もある程度削ぐことができた。復讐も順調に遂げることができている。

 大樹という大物を葬った今、さらに憎しみの深い梓へと牙を向けるときがやって来たのだ。


「思えばいろいろとやってくれたからね……どんな殺し方が相応しいかな」


 酷薄な笑みと瞳に映るのは一面に広がる血飛沫。

 強くなっていようが関係ない。どうせ魔王には勝てない。

 繰り広げられるのはただの茶番。叶の独壇場、ただの処刑。

 やられたことはそのまますべてやり返す。そこで、叶がふと思い立った。

 怯えるサラの肩に手を置いてにこやかに笑う。


「そういえばさ、サラは補助が得意だったよね」

「え、ええそうですが」

「ならさ……当然回復魔法は使えるんだよね」

「もちろんです……まさか……」

「多分正解。よろしくね」


 思わずサラが相手に同情してしまう。命令に背くわけはないが、悲惨な結果が容易に想像できた。


「一度死んだくらいで許しはしない。何度も何度も殺して殺して殺して殺して殺し続けてあげるんだから」


 首を落とそうと体を粉微塵にしようと、命尽きる直前に回復させて終わらない死を与えてやる。

 やられたことはすべて覚えている。それらを致命レベルにして返すのみ。

 たっぷり時間をかけて満足するまで悲鳴を楽しもうと思っていた。

 そのためには準備が必要だと、叶が破壊されたムペルの町を見渡す。

 生き残りはおらず、建物も残さず破壊されている。だが、更地にしたわけではないためまだまだ物資は残されているはずだった。

 全ての武器を回収し、攻撃に使おうと町の全域に魔物たちを解き放った。

 魔物たちが武器をかき集めている間に梓戦の戦い方を考える。

 近接戦主体の梓を近づけさせずに攻撃する方法。たとえ近付かれても無傷だとは思うが、あの忌まわしい顔がまだまだ元気な状態で近くに寄るのは吐き気がする。

 遠距離から一方的に嬲り、心をへし折ってからお楽しみとする。

 遠距離攻撃の手段は無数に持っているが、ふと閃いた叶は先行して戻ってきた魔物たちが異空間に収めた武器を用い、まだギリギリ浮かんでいる船へと視線を向けた。

 右手をかざすと、宙に黒紫の魔法陣が浮かび上がる。


「くらえ」


 叶がそう呟いた瞬間、魔法陣から刀剣が飛びだして高速で船へと飛んでいった。

 船体に突き刺さった刀剣は高い威力で船の側面を破壊し、水を流入させて沈没させる。

 想像通りの光景となり叶が笑った。


「確か、梓がこいつが好きだって言ってたことがあるような。好きなキャラの技で体を切られたらさぞ嬉しいでしょうね」


 スマホゲームのキャラが使っていた技を思い出して再現できるか試してみたが、上手くいきそうだ。

 叶はこのゲームをやっていなかったためにどんなキャラなのか知らないが、教室での会話からレアなキャラだということは知っていた。

 尤も、ピックアップ期間だから当てるためといいながら梓に持ち金を全て奪われたこともあるため、特に恨みはないが嫌いではある。

 さらに、と叶が胸に手を当てて深く集中した。

 次の瞬間に起きた事にサラが目を見開く。

 地面に影が広がり、人影が浮き上がってきた。黒かった影は豊かな色彩を手に入れ、何人もの叶がその場に立っている。


「「「実像投影術。上手くいってよかった」」」

「それは……!?」

「「「本物と比べると弱いけど、実像を伴う影を映し出す力。実体のある分身みたいなものよ」」」


 増えた自分を消し、技の確認を終わらせる。

 魔物たち全てを回収し、物資の略奪も終わらせた。今から迎え撃ちに行く。

 惨劇の始まり。実に愉快だと叶がほくそ笑む。

 サラが口笛を吹いてフレスベルグを招集した。二人で騎乗し、飛翔しようとする。


 だが、その前に一匹のキルキャットが慌てて走ってきた。

 叶の胸に飛び込むと血相を変えたように激しく鳴いている。

 報告を聞いた叶も信じられないという具合でたじろいだ。動揺を隠せずに口を震わせる。


「サジャルタが陥落寸前……!? どういうこと……」


 サラも驚き口元を手で覆っていた。

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