第63話 虐めのきっかけ

 待ちに待った高校生活。中学に入ってすぐから憧れを抱いていた。

 そして迎えた入学。高校生活の滑り出しも順調で、友だちも多くできた。誰もが羨む青春を送ることができていただろう。

 だが、すべてが順調というわけではなかった。彼女にとって、どうしても目障りに思う存在が目に付いたのだ。

 学内カーストの上位に自分が立つには女子だけではなく男子たちも丸め込まなくてはならない。

 にもかかわらず、自分を差し置き男子たちから高い人気を集めていた二人……その中でも、外見が好みだと男子たちに言われていた女子生徒――宮野叶。

 自分よりも叶の見た目が人気だということに、ずっと自分は特別で優遇されるべきだと考えていた梓は我慢ができなかった。

 思えばそれが発端だったのだろうと思う。

 その日から、目障りな叶を消すために梓は高校に入ってすぐにできた友だちである、一花としずるをそそのかして叶への虐めを始めたのだった。


◆◆◆◆◆


 鈍い音が響き、地面を少女が滑る。

 殴られた網気の頬を押さえ、恐怖に歪んだ顔で敵対する女の顔を見ていた。既に戦う意思は削がれ、逃げようとしているが足を斬られているために上手く走れずこうして一方的に攻撃を受け続けている。

 ならばと背中の翼を広げるが、先ほど受けた技の影響で翼には多くの穴が空いていた。これでは飛翔もできない。


「うぅ……嫌だ……こんなところで死ねないのに……」


 地を這うようにもがき逃走を図る魔人の少女。

 騎士たちが早くトドメを刺そうと剣を抜いて走り出そうとするが、それを梓が制止した。

 ゆっくりと少女に近付き、腹部に強烈な蹴りを叩き込む。

 強い衝撃に少女が胃の内容物を吐きだした。血が混じる吐瀉が地面に広がる。

 梓が少女の頭を踏みつけた。吐いた吐瀉物に顔を押しつけさせ、後頭部を容赦なく踏みにじる。少女の唇が切れて血が噴き出す。

 少女の姿と叶の姿が重なり、愉悦と共に憎しみが湧き上がってくる。


「叶のくせに……調子に乗りやがって!!」


 一花としずるを殺したことは絶対に許さない。

 必ず探し出し、二人が受けた苦痛以上の苦しみと絶望を味わわせて殺してやると決めている。


「そもそも何が復讐だ。全部お前が悪いのにふざけんじゃねぇ!!」


 激情のままに目の前の魔人を攻撃する。

 どうせ人間じゃない。いくら攻撃しても何も感じない。むしろ、人類のためだと誇らしかった。


「お前が私よりも人気があるから! 私よりも可愛いとか言われるから! 好きだった先輩がお前の名前を口にするから! 全部全部全部全部お前が悪いのに! まるで私たちが悪いみたいなのふざけるんじゃないわよ!!」

「あぐっ! ぎぃ!」


 止まることのない攻撃に少女の口から潰れたような声が漏れる。

 もう既に骨折は全身に及び、内臓も激しく損傷している。血に濡れていないところはないほどの惨状だった。

 まだ梓の怒りは止まらない。

 思い切り振り抜いた足の先端が少女の秘部へと突き刺さる。

 かつてない痛みを感じて血の涙を流しながら少女がのたうち回った。

 絶叫を聞きながら梓がかつての光景を思い浮かべる。


『いやっ! どうしてこんなことするの!? 助けて三上さん!!』


 暴れる叶を押さえつけ、炭酸飲料のペットボトルを無理やりねじ込んでやったあの時の姿。

 同じような反応を見せる少女に対し、気持ちが晴れるどころかむしろ怒りは増すばかりだ。


「……ねぇ誰か。召喚術士はいない?」

「あ、はい。自分が召喚術士のジョブを持ってます」

「そう。なら、あれ喚びだして」


 兵士の一人にとある生物の召喚を依頼する。

 召喚対象の名前を聞いた兵士は引いたような表情を見せたが、すぐに目をつぶって見たくないものを見ないように詠唱を始める。

 梓の前に召喚方陣が出現し、大量のムカデといわゆる黒い悪魔と忌み嫌われる虫が這い出てきた。


「行け」


 冷たく命令すると、虫たちが少女に一斉に群がる。


「いやああぁぁぁぁあぁっぁぁぁぁっぁぁぁっ!!!」

『きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 叶も似たような悲鳴を上げていたなと思い出した。

 さすがに梓も黒いあの虫は嫌いなため使わなかったが、ムカデ程度なら近所の小学生と一緒に捕まえた。

 バケツいっぱいのムカデを浴びせてやったときの叶の絶叫が蘇ってくる。

 体表だけでなく口や下から体内にも侵入する虫に、少女は嫌悪感と絶望感を感じてもう泣くことすらできなくなる。

 朦朧とする意識の中、少女の脳裏に優しい笑顔が浮かんだ。


「ごめ……んね……リグ……たすけ……て……レングラード……様…………」


 虫に埋もれて少女が息絶える。

 騎士や兵士がドン引きしてあり得ないものを見る目で梓を見ていると、その視線を無視しているのか気付いているのかゆっくりと振り返る。


「さぁ行きましょう。早く魔王軍を倒して平和を取り戻さないと」


 口調は冷静だが怒気を孕む声に、騎士たちが冷や汗を流しながら頷いた。

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