第62話 教師の指導法
最後の一体が消えた。
消滅していく魔物を見ながら、女性――担任教師の高橋水穂が杖を片付けた。
近くでは、数人の生徒たちが座り込んで息を整えている。辛勝を勝ち取ったことで一気に疲労感が襲ってきていた。
正直なことを言うと、水穂はこの戦果に満足していない。魔王軍の大半を撃破することに成功したのだが、肝心の指揮を執っていた幹部を名乗る魔人には逃げられてしまったからだ。
ここで討ち取りたかったが、逃がしてしまったものは仕方ない。今は誰の犠牲もなく戦闘を生き延びられたことを喜ぶべきだった。
周囲の安全を確保し、一息ついた水穂が生徒たちに声を掛ける。
「お疲れ様。皆、ずいぶんと成長したじゃないか」
「はは、そりゃ先生の教えが上手いからっすよ」
「先生やっぱ魔法を教えるのは向いてますね。数学の時間とかバカ眠くなるのに」
「吉崎お前、元の世界に戻ったらたっぷりと課題プリント出してやるから覚えておくように」
余計なことを口走った生徒に苦笑しながら罰を考え、一人生徒たちから離れていく。
少し高い場所に登り、戦闘を終えた戦場を一望した。
腐臭のする生暖かい風を顔に浴びながらボソリと呟く。
「ゲームか。思えばずいぶんと久しぶりだな」
中学から教師になることを目指し、高校大学と勉強漬けの日々を送ってきた。最後にファンタジーゲームで遊んだのなんてもう小学生の時だ。
夢を叶えて教師になって数年。まさか、異世界転移に巻き込まれることになるなど誰が想像できただろうか。
小さいときの経験はわずかに残っており、恵まれたジョブのためここまで苦労はしていない。勇たちの成長も順調で、この分ならすぐに地球へと帰ることができると楽観視していた。
しかし、小さなため息を吐いて天を見上げる。
「全員無事に、とはいかなかったか。……三上め、面倒な問題を起こしてくれやがって……っ」
近くに誰もいないからと一人で悪態をつく。
叶がアビスで死んだと聞かされて以来、相次ぐ生徒たちの戦死。クラスの団結にも影響しそうな一連の流れに苛立ちを募らせていた。
「三上には時期を見て話をしようと思っていたが、その前にこんなことになるとはな。というか、三上が悪いのは当然だが宮野も場所を考えろ……」
クラスで起きていたいじめの件で頭が痛くなる。叶の死でとりあえず解決したように思うが、そのせいでクラスに動揺が、それも聖の取り乱し方が酷かったことにストレスが溜まる。
担任である以上、というよりも梓による叶へのいじめはもはや隠すつもりなどないようにエスカレートしており、いじめの事実は早い段階から水穂も掴んでいた。
しかし、叶を助けようとせずに教育委員会への報告をしなかったのには、水穂の経験が理由だった。
水穂が教師を目指すきっかけとなった中学一年生の時の担任。その教師に憧れ、自分も人を教えて青春を一緒に過ごしたいと教師になることを決めた。
だが、その教師は水穂が三年生になったある日、その教師のクラスで起きたいじめが原因で責任を取り学校を去っていた。以来、再び教師となった話を聞かない。
クラス内でいじめ問題など発覚すれば、自分もあの教師と同じように学校を去らなくてはならないかもしれない。念願の教師となったのに、そんなことになるのは嫌だといじめを隠蔽することにしたのだ。
そのことについて申し訳なさなど感じていない。ただ呆れるだけだ。
「実際これまで担任したクラスは上手くいっていた。宮野は協調性のなさ、三上はくだらない自尊心が原因だな。これは指導だ」
あくまで悪いのは生徒たちで、自分は一切関わるつもりがなかった。
改めて生徒たちが戦っていた戦場跡を眺める。
「やはりクラスというのはこうでなくては。皆で協力して一つの目標をやり遂げる。これこそ学校教育で学ぶべき大切なことだよ」
だからこそ、調和を乱す梓のことは少し好感度が低い。
あの性格はどうにかしないとすぐに次の叶の代理が選ばれ、また問題が起きる。矯正が必要だと考えていた。
髪を揺らし、振り向いて歩き出すと兵士が一人水穂の前に立つ。
「ミズホ様。王都から早馬です」
「王都から……なんでしょうか」
「アズサ様と他数名の勇者様のお仲間が、王都を発ったとのことです」
噂をすれば、というやつだった。
兵士を労い、王都の方角を見る。
「ちょうどいい。人権科目はあまり詳しくないが、時間はあるし特別授業だな」
水穂も休んでいた生徒たちの元に戻り、梓たちの到着を待つ。
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