第39話 女神の決断
「アルマ……ッ! お前は……!」
叶が聖たちに牙を剥く様子を見ながら、フォレアは激しく机を叩いた。
確かに、叶の内側には深い闇があることを初めて見たときにフォレアは知っていた。だが、その闇を隠すように聖への信頼があったから大丈夫だと判断していたのだ。今となってはその判断を悔やむばかりである。
それに、事を慌てて勇者と一緒に一度に多数の強力な力を持つ者を招き、魔王誕生の隙を与えてしまったフォレアにも脇の甘さがあったことは否めない。その危険性は承知していたが、すぐに魔王になれるほどの力を持つ者が見つかるとは考えていなかった楽観性も呪われた。
「そんなことなかったのね……」
先日、アルマに宣戦布告を受けたフォレアは気になって過去の様子も調べていた。そしてそこで、会話こそしていないもののアルマがレンと接触したことを確認したのだ。
「叶さんがいなくても、魔王の候補は既に見つけていた。そして、許せないのが……!」
拳を握りしめる。
アルマは、叶の闇にずっと目を付けていたと思われた。その闇を増幅させ、昇華させて魔王にすれば、アルマともう一人の魔王にとって脅威になり得るであろう勇と聖の動揺を誘え、さらには絶大な力まで手に入ると計算していたに違いない。
そのために、アルマが正体を隠して騎士団長にアビス攻略のメンバーに叶を含めるのを提案したこと、誰かが飛びつくであろう宝石に擬態させたトラップをいくつか仕掛けたこと、所々の地盤を脆くして最下層に繋がるワープホールを設置し、その周辺に当時の勇たちでは太刀打ちできない強さの魔物を配置したこと等々。
叶を魔王にするための罠を仕掛けていた証拠は次々と出てきた。
種をまいてしまったのはフォレアだ。だが、その種に水と肥料を与えて黒い花を咲かせたのは間違いなくアルマ。
その目論見通り、叶は魔王となって今こうして殺戮を楽しんでいる。
「もう、心の悲鳴すらも聞こえない。闇を抱えていたとはいえ、元々は温かな光を持つ優しい子だったはずなのに……」
光の魔力を持つ者が闇の魔力に支配されると、必ず歪みが生じる。
今の叶は、その歪みのせいで命を奪うことに何の躊躇いも抱いていない。最初の頃は、気付いていないだけで心は泣いていたことを過去の様子で知った。
だが、フォレアには今も考え続ける事がある。
水晶に映る叶は楽しそうな狂気的な笑みを浮かべている。それが歪みのせいなのか、それとも本心なのかは分からないが生き生きとしていた。魔王として覚醒する前にはあり得なかった姿だ。
もしかすると、叶にとって今の方が幸せなのかもしれない。勇たちが受けているのは、自分たちが積み上げてきたことの反動なのかもしれない。
このまま叶のやりたいようにさせることが、彼女のためになるのではないかと思っていた。
が、そう思ってしまった瞬間迷いを払うように頭を振る。
「そうじゃない。絶対に止めないといけない。私の世界のためにも、聖さんのためにも、叶さんのためにも」
このまま叶を放置すれば、間違いなく世界を滅ぼしてしまう。罪のない人々を死なせることは、女神として決して容認できなかった。
意を決し、天使たちを呼び寄せる。自分が愛用している弓を持ってくるように頼むと、天使たちは必死に止めようとしていた。
それでも、何度もフォレアが意見を伝えると、天使たちも理解して弓を取りに行く。
「これは私が撒いてしまった種だもの。私が責任を取る」
女神は、異世界から人を呼んだ場合、元の世界に送還することももちろんできる。だが、叶に関してはそれができない。
これは恐らくアルマも想定していなかったことだろう。
「アルマは、強い魔王が手に入ると思っていたはず。でも、叶さんは黒煉の果実と非常に高い適合をしてしまった」
大魔王に留まらず、邪神という神の域にまで踏み込もうとしている叶。邪神のジョブを有しているのなら、フォレアからの一方的な送還も弾かれてしまう。
ならば、弱体化させて送り返すしかないのだが……。
「叶さんは強い。それに、絶対にアルマも仕掛けてくるはず。あいつの目的は私らしいから」
女神でも、神から攻撃を受けると命を落としかねない。
それでも、行く理由がフォレアにはある。
「直接的な干渉は禁忌に触れる行為。でも、このままじゃ全員殺されてしまう……! 叶さんも神に属するとなれば、法則の隙を突けるかもしれない……!」
覚悟は決まった。
フォレアは、叶を止めるために命懸けの行動に移る。
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