第40話 常闇の剣士

 大事なときにいつも無力な自分が大嫌いだった。

 大切な人が危機に見舞われているとき、いつも同じ場所に立つことが出来ない。守ることができずに手からこぼれ落ちてしまう。

 守りたいと思ったものは何もかもが失われる。誓いも約束も、すべてが口先だけの妄言に終わってしまう。

 だから、その悲しみをもう二度と他の誰かに味わわせることがないように……。


「俺は、この刃を振るう。勇者を殺し、その仲間たちを殺し、光に属するすべての存在を消し去ってやる。邪魔をするなら、それがたとえ神であろうと首を飛ばす」


 町の一角を吹き飛ばし、灰燼と化した瓦礫が広がる中心に魔王の如き姿で立ち尽くすレン。

 血だまりがあちこちに広がり、火の手が次々と上がる。終焉を表したかのようなその場所で二人の少年が血を吐いて倒れていた。

 二人の側には、粉々に打ち砕かれた剣と戦闘籠手が落ちている。もう使い物にはならない。


「ゲホッ、ゴホッ! くっそ……」

「何だこの力……ぐっ……」


 海斗と蓮の二人が苦しそうにそう絞り出した。

 レンとの戦いは……いや、あれは戦いと呼べるものではなかった。

 ただただ一方的な蹂躙。何もなすすべがなく地を転がされ、血を吐き、裂傷を刻まれて今に至る。

 どうにか立ち上がろうと腕に力を込める蓮に向かって歩き、後頭部を踏みつける。冷たい視線で見下ろすレンは、刀を逆手に持ち替えて蓮の右手を貫いた。


「ぐっ!? ああああぁぁぁぁぁ!!」

「苦しいか? だがな、あいつらの苦しみはこんなものじゃなかったはずだ」


 闇を剣の形にして現出させる。

 動けずにのたうち回る蓮の左手と両足も同じように貫いた。


「あの日はな、あの町独自のお祭りが開かれる日だったんだ。朝から皆がその準備をしてて。告白や結婚を考える者も多い特別な日だったんだよ」


 頭を踏みつける力が強くなる。


「誰も考えてなかっただろうな。まさか奇襲を受けて自分が死ぬことになるだなんて。魔王軍に協力せず、人間たちにも攻撃を仕掛けずに中立の立場として暮らしていたんだからな」


 レンが拳を固める。脳裏に笑顔で手を振ってくれる二人の少女が思い浮かんだ。


「大切な人たちが理不尽に命を奪われ、故郷を焼き尽くされた。当然、そんなことをした奴らを殺したいと思うはずだ」


 蓮を助けようと海斗が剣に手を伸ばすが、そんなこと許されるはずがない。

 レンが背中から闇の巨腕を伸ばし、海斗の首を掴んで引きずり回す。ガラスの破片などが容赦なく全身に食い込んだ。

 燃え盛る火の中に押し込み、軽く炙って引きずり出す。その後は飽きたとばかりに雑に投げ捨てられた。

 そんな様子を見て、チャンスを狙う未玖。ここまで二人が庇ってくれたおかげか、それとも単に眼中になかったおかげか怪我らしい怪我もしていない。攻撃の余波に巻き込まれて瓦礫で少し傷ついたくらいだ。

 届くかどうかは分からない。だが、一矢でも報いようと拾ったナイフを持つ手に力がこもる。

 深く息を吸い、ナイフを構えた。

 直後、レンの姿が霞と消える。突然の出来事に驚いて瞬きした一瞬、首筋に冷たい感触が当てられた。


「そうは思わないか? 貴様らも同じ立場なら同じ事を考えるはずだ」


 未玖の背後に回り込んでいたレンが冷たく言い放つ。

 咄嗟に反撃しようとナイフを振るが、あっさりと砕かれてしまう。


「未玖……!」

「逃げろ……早く……!」


 すぐに走り出すが、レンは既に技を出そうと構えていた。


「“常闇の剣戟・朧裂殺”」


 猛烈に嫌な予感がした海斗が、決死の思いで石を投げて未玖を転ばせる。

 前のめりに倒れた瞬間、未玖の頭上を刀が凪いだ。虚ろに揺らめくレンが一拍遅れて通り過ぎたように見える。

 またしても攻撃を躱されたことに若干の苛立ちを覚えつつ、それでも弱いなりに生き残る方法を模索し即座に実行する決断力を素直に称賛する。

 叶と同年代と聞いているが、その若さでここまで思い切りが良いのは面白かった。


「これならどうだ? “常闇の剣戟・永抱暗手”」


 素早い一振りの斬撃で空間に裂け目を生み出した。

 裂け目の向こうに広がる闇が現実を侵蝕し、腕のような不気味なものが伸びてくる。

 腕は未玖を掴もうと殺到した。その間にトドメとなる大技の準備をレンが行う。

 悍ましい光景に恐怖した未玖が涙を流しながら後ろに後ろにと下がる。だが、腕との距離はどんどん縮まっていく。

 ついには腕が首に伸びたとき、未玖を後ろから海斗が強く引っ張った。続いてレンが庇うように抱きかかえる。

 腕は海斗の全身至る所を掴み、締め上げた。骨がミシミシと嫌な音を鳴らす。


「なっ、何してるの!?」

「体に触るくらい……許せって……」

「違う! 逃げれば良いのにどうして!?」

「ははっ……男なら女を守ってみたい瞬間があるだろ……」


 わずかに残る血を吐きながら、戯けるように海斗が言った。

 次の瞬間には大気が震え、空間が軋むような異音が響く。


「……くだらない。“常闇の剣戟・縦横千惨常世之満禍月”」


 全方位くまなく荒れ狂う三日月状の闇の斬撃。

 空から見ると、まるで満月が地上に浮かんでいるような闇色の輝きが浮かび、悲鳴の一つも聞こえなくなるほどに空気が乱された地獄が作り出された。

 攻撃が終わる頃になると、海斗の姿はどこにもなくなっており、蓮と未玖も全身を深く切り裂かれた状態で瀕死になって倒れていた。

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