第38話 闇を支配する者

【宮野 叶】

種族〈人間〉 性別〈女〉 総合レベル3028 ジョブ〈暗殺者レベル999+ 大魔王レベル999+ 邪神レベル3〉


 言葉を失った。

 強い弱いの話ではない。次元が違うの一言でも言い表せない。

 ただただ絶対的な力の差が存在していた。


「嘘……!? 過去一番強かった勇者様でも総合レベルは2000! それなのに……!」

「叶……貴女……何をしたら……どれだけ多くの命を奪ったら……そんな……!」

「う、嘘だ! こいつがそんなレベルなわけねぇ! そんなことあっていいはずがねぇだろ!」

「残念ながらこれが現実。遊びにもならない一方的な蹂躙になるね」


 叶が優しく手を差し伸べた。その目は真っ直ぐ聖を見つめている。


「最後の最後にもう一度だけ言うね。聖、私と一緒に来て? 聖だけは絶対に死なせたくない。賢い聖なら……分かるよね? 勝てない戦いに挑むことは無意味だって。聖だけは生きる道があるんだから、一緒に生きて。命を無駄にしないで」


 発する圧が尋常ではない。生きたいという生物の本能が聖に行動を示す。

 震える腕はゆっくりと叶へと伸ばされる。

 勇もエリザベートも動かない。いや、動けないのだ。蛇に睨まれた蛙のように体が硬直している。

 聖が杖を置いた。左手を右手で掴み、一瞬の落ち着きを取り戻す。


「エリザベートさん。私は……」


 自分では決められないと外に答えを求めた。

 助けを求める瞳に、エリザベートが優しく見つめ返す。聖の中に温かな気持ちが伝わってくるような気がした。


「それは、セイ様が自分で決めることです。カナウさんの言うとおり、私たちに勝ち目はありません。アルカンレティアの陥落は確定でしょう。この場にいる全員が死ぬと思います」

「っ! でも、そんな……」

「だから、せめてセイ様だけは自分が信じた道を進んでください。勇者様と女神様には感謝していますが、これは本来私たちの戦争なのです。異世界から来たセイ様たちが命を捨てる理由などどこにもありません」


 信じる道を進む。

 目を閉じ、胸に手を当てて考えた。聖自身が一体何をしたいのか。

 考えを巡らせ、答えを出した。もうこの答えを曲げることはない。


「叶。私は、貴女と一緒に歩くことはできない。私は、貴女の隣を歩くのではなく、貴女に隣を歩いてもらう! 叶は絶対に光の下へ連れ戻してみせる!!」


 それが聖の答え。

 闇に進むのではなく、闇から光に連れ戻す。

 手段は全然分からない。それでも、聖にはフォレアと話すことができる力がある。

 女神であれば、その方法を知っているかもしれなかった。そのわずかな望みに賭け、一旦の決別を選ぶ。

 叶が悲しそうに目を伏せた。


「そうなんだ。残念だな」

「叶! 叶が私たちと一緒に……」

「聖は私と一緒にいてほしかったのに」


 叶の姿が消えた。

 次の瞬間には、聖の背後に叶が立っている。あまりの早さに誰も目で追うことができなかった。

 気配を察知して振り返ろうとする。が、思うように体を動かせない。

 妙な感覚に襲われて聖が前のめりに倒れた。エリザベートと勇が聖の様子がおかしいことに気付き、そして口を覆った。

 聖の目の前には人の腕が落ちている。誰のものか理解しようとした瞬間、全身を激痛が襲った。


「ッ! あああぁぁぁぁ!!」

「殺しはしない。だから安心して眠ってていいんだよ、聖……」

「セイ様!!」

「う、うわああああぁぁぁぁぁ!!」


 あの一瞬で、叶は聖の両手両足を切り飛ばしたのだ。肘と膝で切断され、まともに動かすことができない。

 失血死を防ぐため、地面から闇の手が伸びて聖の傷を塞いでいる。これ以上の流血はないが、闇の手を排除しない限り魔法による治療も効果がない。

 血が付いた短剣を弄びながら、ゆっくりと叶が近付いてくる。


「大丈夫。私、ずっと聖のお世話をしてあげるから。だるまさんになっても絶対に離れたりしないから」

「勇者様! カナウさんを止めてください!」

「ふ、ふざけんなよくそがああぁぁぁぁぁ!!」


 これ以上は好きにさせないと両サイドからエリザベートと勇が叶に迫る。


「ばーか。“縮地”」


 音速を遙かに上回る圧倒的な機動性で移動する。

 そのまま勇の懐に潜り込むと、強烈な打撃と回し蹴りを叩き込んですぐにエリザベートの対処に回る。

 顎の骨を砕かれ、内臓を一部潰された勇は勢いよく近くの壁にめり込む。危険なほどの血が吐き出された。

 エリザベートが振るった一撃を叶は正面から手で受け止めた。闇でコーティングされた手に、傷は一切ない。


「くっ!」

「エリザベートさんでしたか。よければ聖と一緒に来てくださいよ。私は貴女を殺そうと思っていたけど、聖のことをずいぶんお世話してくれたみたいじゃないですか。私たち、きっと仲良くなれると思いますよ」

「冗談! たとえ貴女がセイ様の親友であっても、大魔王に従うほど私は堕ちていない!」


 手を引いた。

 前方向にバランスを崩したエリザベートに対し、叶が剣を持っていた手を離して頭を掴む。

 飛び上がり、スピンを加えて威力を増すと地面へとエリザベートを叩きつけた。頭を引きずって地を砕く。


「かは……っ!」

「それなら、やっぱり死んでもらうしかないですけど。気が変わったら教えてくださいね。死んじゃう前に」


 勝てないという事実が証明されていく。

 冷酷な叶の笑顔がどこまでも不気味で恐ろしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る