第37話 道

 聖とエリザベート、そして叶が対峙している。

 聖がいることは叶にとって完全に想定外で、すぐに攻撃を開始できずに様子を窺っている。聖も叶の存在に戸惑い、エリザベートも叶が聖の親友だと聞いて動けずにいた。

 膠着状態が続く。最善の一手をお互いが探している状態となった。

 そんな状況で、最初に口を開いたのは聖だった。


「叶……生きていたんだね」

「……うん。死にかけたけどね。もしかして、心配してくれたの?」

「当たり前じゃない! 生きててくれて本当によかった……!」


 聖の言葉が叶の心に染みこむ。

 自分を心配してくれるのはいつだって聖だけだった。それがどれほど心の救いになっていた事か。

 だからこそ、改めて聖だけは絶対に殺さないと誓いを立てる。

 そして、これ以上あんな連中の近くに置くわけにはいかないと手を差し出した。


「叶……?」

「ねぇ聖。私と一緒に来てよ。私はね、聖を助けたいんだ」


 叶の言葉の真意が分からずに聖が動きを止める。

 詩織たちの話で、アビスでの出来事は都合よくねじ曲げられて伝わっていたことを思い出した叶はその事実を伝えてやることにした。


「このままだと聖も切り捨てられるかも。私ね、アビスで章太と咲の二人に殺されかけたんだ。アルマ様が助けてくれなかったら、本当に死んでいた」

「誰って……? それより、それ、本当なの……!?」

「うん。どうせ、私は事故で死んだとでも聞いたんじゃないの? ほんと、許せないよね」


 話してて怒りが増してきた。

 闇の魔力が膨れ上がり、威嚇のようになってエリザベートを震え上がらせる。

 慌てて闇を抑え、髪を弄って気持ちを落ち着かせる。


「っと。とまぁ、そういうわけ。聖もいつか殺されそうになるかも。そんなこと私は耐えられない。だから、一緒に行こう?」

「叶……」


 叶の言葉に聖は手を伸ばしそうになる。その様子をエリザベートが不安そうに見守り、叶が優しい笑顔を向けた。

 だが、半ばまで伸ばしたところで動きを止めた。一花たちの惨い姿が脳裏に映る。


「ねぇ叶。一つだけ確認させて」

「何?」

「私が叶と一緒に行ったら……他の皆はどうなるの?」

「勇たち? もちろん全員殺す。私にとって聖だけいてくれたらいいからね。勇たちを殺して、この世界の人類を滅ぼして、それから一緒に日本に帰ろうよ」


 今の言葉ではっきりと分かったことがあった。聖が悔しげに唇を結ぶ。

 もう、目の前にいる叶は聖が知る叶とは別人だ。心が完全に闇に染まりきっていると直感で察する。一花たちに直接手を下したのも叶だと理解できた。

 ならば、と聖は伸ばした手を引っ込めた。叶が怪訝そうに見つめる。

 強く拳を握りしめ、聖は強い瞳でまっすぐ叶を見つめ返す。


「ごめんね叶。私は、叶と一緒には行けない」

「……どうして? 私は……」

「叶の話が本当なんだとは思うよ。私も、今の話を聞いて勇くんたちが許せなくなった。……でも!」


 自身に流れる光の魔力を極限まで練り上げた。

 叶が目を細め、エリザベートが安心したように表情を明るくする。


「本当に人を殺すのは悪いことだよ! 間違った方向に進んでしまったのなら……それを正すのが親友である私の役目なの!!」

「……魔人だって人だよ? 蓮は魔人をたくさん殺した。それに、勇たちだって……」

「もちろん罪を償わせる! でもね叶! だからといってそれが皆を殺していい理由にはならない!」

「そうですセイ様! カナウさん、でしたね。今からでも遅くありません! セイ様の言うとおりです! もうこんなことやめてください! 魔物の軍勢を引き上げてください! 魔物たちを率いているのは貴女でしょう!?」


 二人からの言葉に叶が黙って俯いた。

 聖とエリザベートが成り行きを見守っている。どうかこのまま叶の心に届いて欲しいと願っている。

 闇に染まっていても、どこかにわずかな光が残っていると信じて。優しい叶はまだ生きていると信じて。

 叶は動かない。それがまた聖の胸中を不安で支配していった。

 と、その時。


「遅れたな聖! こいつが敵の大将か!?」


 やって来た勇が聖の隣に立った。

 手にした剣の切っ先を叶へと向け、驚きに目を見開く。


「って、おい。まさか叶なのか?」

「そうだよ。それより勇くん。アビスで叶にしたこと……後で本当のことをしっかり話してもらうからね」

「ちっ、章太からお前にだけは知られるなって言われていたけど、こうなったら仕方ないか」

「っ! 勇! それがどういうことか分かっていたの!?」

「うるせーな! 俺たちが生きるために役立たずを犠牲にして何が悪いんだよ!」


 勇者の、勇の本性を目の当たりにしたエリザベートが怒りの混じる視線で勇を見る。

 が、そんな二人からの非難など知ったことではないと言いたげに勇は剣を弄ぶようにしながら叶へといやらしい笑みを向けた。


「でもまぁ、生きてたんだな。おめでとさん。また遊んでやるから戻って来いよ」

「勇……まさか気付いてないの?」

「はぁ? 何がだよ」


 聖もエリザベートも困惑したように呆れたようにしている。

 勇は、まだ一花たちを殺したのが叶だと気付いていないようだった。叶が自分たちが到底敵う相手ではないことも気付いていない。

 格下だとなめてかかっている勇に、叶が動いた。肩を震わせ、クスクスと笑っている。


「叶……?」

「カナウさん……?」

「おいおいどうした? いきなり笑うとか気持ち悪いぞ」

「……そうか。そうだよね。もう聖はすっかり毒されちゃったか。なら、私が助けてあげないと……」


 両手に闇の小刀を作り出す。

 明確な戦闘の意思に対し、悲しく思いながら聖とエリザベートが戦えるよう準備を整えた。勇も渋々準備するが、完全に不本意そうだ。


「ねぇ聖。もう一度言うね。私、聖だけは殺したくないんだ。だから、すぐに終わらせるからお願いだからじっとしてて」

「……っ! もうやめようよ叶!」

「大丈夫。勇たちを殺して、元の聖を取り戻すから」

「俺たちを殺すだぁ? 鑑定で情報が見えないほど弱いお前が何を言ってる? 寝ぼけてるのか?」

「見えないのは妨害魔法を使っているからだね。でも、いいよ。特別に見せてあげるよ。勇たちが束になった程度じゃどうしようもない絶対的な力量差を」


 叶が鑑定を使った。勇の情報が映し出される。


【金剛 勇】

種族〈人間〉 性別〈男〉 総合レベル402 ジョブ〈聖騎士レベル200 勇者レベル174〉


 嘲るように笑う。

 そして、叶はサラにかけてもらった妨害魔法を自ら解いた。同時に威圧感を振りまき、大魔王としての圧迫感を与える。

 妨害魔法が解かれたことで、硬い守りに阻まれて分からなかった叶の力が、今、明らかとなって――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る