第36話 集結
大量のナイトメアフォールンを解き放ち、兵士たちを惨殺させながらイリスは鼻歌を歌っていた。
叶から頼まれたイリスの役目は、屋敷と前線の寸断。籠城戦は容易だが面倒でやりたくないと考えた叶がイリスを使って前線で戦っている兵士や騎士たちの撤退を妨害しているのだ。
そのことを知らずに魔物たちに押されていくつかの部隊が指示を仰ごうと屋敷へ下がろうとしたが、イリスとナイトメアフォールンを突破できずに全員殺されてしまっている。
その他にも、イリスには少し小高いこの場所から全体の戦況を把握し、魔物たちに指令を下すことも頼まれていた。そのため、連絡用のキルキャットが数匹常にイリスに甘えている。
叶がエリザベートとクラスメートを殺し、レンに自由行動をさせて被害を拡大させる。その様子を見ながらイリスが掃討を担当するというのがアルカンレティア攻撃で叶が用いた手段だ。
ナイトメアフォールンに倒された騎士たちから血を奪い取りながら、イリスは不敵に微笑んだ。
「まだまだサラお姉ちゃんには及ばないけど、私もそれなりに上手く動かせるようになったかな」
戦闘に特化したイリスは、サラほど上手くナイトメアフォールンの統率ができない。そのことを気にしていたのだが、軍団としての体をなすくらいには成長していたことに喜んでいる。
時計塔の天辺に駆け上り、膝を組んで燃える町を見下ろす。
「頑張ってる頑張ってる。どうせ死期が延びるだけだってのに」
勝ちが確定した戦いだと思い、余裕の態度を崩さない。
が、絶対などあり得ない。ご機嫌な様子だったイリスがふと動きを止め、目を閉じて顔を少し離れた戦闘地域に向けた。
次の瞬間、凄まじい光の魔力が膨れ上がり、ナイトメアフォールンたちの反応が多く消える。
「倒された……? 面白いじゃん」
光の斬撃が飛来し、イリスの首を狙っている。
コウモリに姿を変えることで攻撃を回避し、地上に降り立って元の姿に戻る。そんなイリスを即座に数人が取り囲んだ。
集団の中心にいる少年から相当強い力を感じる。そのことに気付いたイリスは目を細めた。
「……まさかね」
「魔人か。お前はここで討たせてもらう!」
少年を先頭に、その後ろから三人の人物がイリスを睨んでいた。さらにはイリスと残ったナイトメアフォールンを包囲するようにアルカンレティアの騎士とは装備が違う騎士たちが陣形を組んでいる。
他の有象無象とは少しだけ違うと感じ取った。いや、それよりもイリスは別のことに着目している。
正直騎士の強さなどどうでもいい。数秒あれば皆殺しにできるのだから。
問題は、力に満ちた少年とその仲間たちだ。どことなく雰囲気もエリザベートと一緒にいた者たちと似ていると感じる。
「……勇者?」
「そうだ! 俺の名前は金剛勇! お前たち非道な魔人を討つため、こうして来たんだ!」
勇ましく勇が名乗りを上げた。
ロッカへの救援に向かう途中、町が陥落したという情報を聞いて急ぎアルカンレティアへと進路を変えた。その結果、勇たちもこうして何もかもが手遅れになる前に合流することができたのだ。
名乗りを聞いたイリスが殺意を膨れ上がらせた。途端に周囲の空気が凍り付いたような錯覚を覚える。
「今さら来たの? もう遅いよ」
「なに?」
「既にお姉ちゃんはこの先で戦っている。勇者のお兄ちゃんの仲間と英雄のお姉さんが殺されるのは確定事項だからね」
血の武器が宙に無数に出現する。
威嚇の意味も込めて地面を抉るように武器を回転させ、距離を少しずつ詰めていく。
勇の前に二人の人物が飛び出す。さらに後ろにいた一人も呪文の詠唱を始めた。
「勇は早く行け!」
「聖ちゃんたちが殺される前に助けないと!」
「頼むぜ委員長!」
三人のクラスメートが必死にイリスの意識を自分へと向けさせようとしている。
難しい力加減にイリスはため息をついた。この展開は予想していたが、面倒な事に変わりない。
勇者とその仲間たちをできることなら殺したくはない。蓮という例外はいるものの、基本的に殺したがっているのは叶だ。
そのため、可能な限り峰打ちを狙うが、今目の前で対峙する者たちとイリスの間には隔絶した力の差が存在している。うっかり殺して後から叶に嫌われたくはないと思うと、ため息もつきたくなる。
手加減などイリスの一番といっても良いくらいの苦手行為だ。
「進ませないから。足止めが私に与えられた役目だもん」
「勇くんの邪魔はさせない! “フラッシュ”!」
後ろにいた魔法使いの少女が強烈な閃光を放つ。
視界が真っ白に染まるが、関係ない。この程度ではイリスを止めることはできなかった。
が、その一瞬の視界を奪うことが重要。勇を突き飛ばし、二人がイリスの動きを封じるように攻撃を仕掛けていく。
左右同時の攻撃をイリスは両手で難なく受け止めた。そこから退避されるまでのわずかな時間で血の刃を高速展開する。
三人が戦っている間に、勇は脇にいたナイトメアフォールンを数体細切れにすると、イリスを突破して屋敷へと走って行った。これにイリスが小さく舌打ちする。
「あーあ。カナウお姉ちゃんに怒られちゃう」
「っ!?」
「え、今なんて……?」
「偶然だ……! だってあいつは……!」
イリスが口にした名前に聞き覚えのあった三人が狼狽える。
と、ここでイリスが腕を振って血を飛ばした。鋭利な刃物と化したイリスの血は、閃光魔法を放った少女の両足を貫いて地面に倒す。
「ぎっ! いっったい!!」
「どうせ皆ここで死ぬんだから。お姉ちゃんの……大魔王様の正体なんて気にしても仕方ないよね?」
今までの少し明るさが見えていた笑顔から一転。
魂まで凍り付くような冷たい表情を浮かべたイリスが、両手に武器を構えて襲いかかる。
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