第35話 光と闇の再会

「ぐわぁ!」

「ぎゃっ!」


 兵士たちが苦痛の声を発して息絶える。

 兵士たちを襲ったのは一人の少女だ。だが、奇妙なことに少女は兵士たちに一切手を触れていない。

 ただ、道を歩くだけで少女の先にいた兵士たちが体の一部を失って息絶えているのだ。


「ふふっ。暗殺者レベルを上げたら習得できたこの技……影討ち。ずいぶん愉快な光景になるわね」


 叶がポツリと呟いた。

 叶が使ったのは、暗殺者の奥義とも言うべき技、影討ちだ。

 自身の影から刃を伸ばし、敵対する存在の影を攻撃する技。しかも、影に与えた傷は現実の肉体にも影響するというのだから非常に悪質な技だった。

 影まで注視する者は一握りだ。しかも、対処法が影ができない場所に逃げ込むというシンプルかつ時と場合によっては不可能なものであるために強力極まりない。

 次々とこの技で兵士たちを切り刻んでいく。もはや誰も叶のことを止めることはできなかった。

 魔物も引き連れずに一人で歩いているのには訳がある。内部の状況を知るために送り込んだイリスの情報に面白いものを見つけたため、その捜索を行っているのだ。


「人類の英雄。どれほどのものか試してみたいわね」


 復讐という目的からは外れている。だが、今の自分がどれだけの力を有しているのか試してみたい欲があり、そのためにちょうど良い相手だと判断して戦おうとしていた。

 数ヶ月前にトランシルバニアへと攻め込んできた者も人類の英雄と呼ばれていたが、あの時の男は弱すぎたしレンが瞬殺してしまった。

 ただ、ここにいるのはイリスと同格だと思われる相手だ。戦う相手としては手応えがありそうだった。

 それに、だ。


「未熟なあいつらの護衛をしていてもおかしくない。ついでに一緒にいる連中もサクッと殺しちゃわないと」


 悍ましいことを呟きながら、視線を丘の上に建つ屋敷に向ける。

 魔物たちの視界情報やイリスの報告から考えると、英雄もクラスの誰かがいるのもその屋敷だと簡単に推測することができる。スキップ気味に鼻歌を歌いながら屋敷に続く道を突き進む。

 開けた場所にさしかかったとき、これ以上進ませるわけにはいかないと、エリザベートが育て上げた精鋭とでも言うべき騎士たちが叶を取り囲んだ。


「へぇ。少しは骨がありありそうね」

「貴様……何者だ!」

「鑑定っと。……平均レベルはおよそ86ってところね。面白いけど、邪魔」


 叶が手を掲げた。

 その手からは漆黒の球体が出現する。騎士たちが警戒感を露わに球体を眺めていると、それは回転しながら天へと昇る。


「蹂躙せよ。“煉獄の日差し”」


 球体の表面が裂けた。

 内側から黒い光が拡散され、騎士たちの目に強烈な閃光を刻みつける。


「ぐわぁぁぁぁ!!」

「目が!」

「あああぁぁぁ!!」


 騎士たちが悶絶している間に、叶が再度影討ちで刃を飛ばした。

 球体の黒い光で影はより濃く映し出されている。絶対に外すことはない。

 魔王系統のジョブが使える魔法の一つである、煉獄の日差し。これと影討ちを組み合わせることで、室内だろうと夜だろうと回避不能の即死技を放つことが可能となっている。加えて、煉獄の日差しの本来の効果である日差しを浴びている間は魔人以外の存在の総合レベルを1に下げる弱体化も働き、影討ちから逃れても普通の攻撃で殺されてしまう。

 今の叶に接近戦で勝てる者など存在しないといっても過言ではない。

 騎士たちを一瞬で皆殺しにした叶が再び歩き出した。死体を踏みつけにして軽い足取りを崩さない。

 すべての障害物を排除し、屋敷近くまで進攻を許してしまった。

 ただ、そこまで進んで叶は足を止めた。各地に指示を出していると思われる天幕の前に、明らかに格が違う雰囲気の女性が佇んでいる。


「……ここまで単身来るとは。お前が……」

「貴女がイリスの話してた人類の英雄かな? 確かに強そうね」


 試しに鑑定を発動させてみる。すると、衝撃の事実に叶が目を見開いた。


「イリスと同格……上手く騙されちゃった。フェイクかなにかを使っていたのね」

「ッ! 一瞬で見破れるのか……!」


【エリザベート=フラム】

種族〈人間〉 性別〈女〉 総合レベル993 ジョブ〈聖戦士レベル848〉


「レンにわずかに届かない程度。凄まじいこと」

「私以上の存在が他にも……」


 叶の言葉にエリザベートが冷や汗を流した。

 叶が闇から短剣を作り出す。言葉を交わすのは終わりだとばかりに切っ先を突きつけた。


「さて、残念だけど、私がどれだけ動けるのか試させて……」

「エリザベートさん!」


 そんな声が聞こえ、叶が動きを止めた。エリザベートの傍らに立った少女を信じられないものを見る目で眺めている。

 その少女――巫聖が杖に魔力を充填している。


「エリザベートさん。さっきの会話……」

「……ごめんなさいね。敵を騙すには味方からというので」

「いえ、問題ないです! 一緒に敵を……」


 そう言い、聖が視線を叶に向けたところで杖を落としてしまった。喜びと困惑の入り交じった複雑な目で固まってしまう。

 二人の様子がおかしいことに気付いたエリザベートは、わずかに姿勢を低くしつつ聖に尋ねる。


「セイ様。どうしました?」

「……叶なの?」

「……! まさか……」

「……ええ。久しぶりね。聖、元気そうで安心したよ」

「セイ様。あの者は……そんな……!」

「宮野叶。私の……親友です」


 震える声で聖が絞り出した。

 望んでいなかった形での再会。狂っていた歯車がさらにずれていく。

 

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