第33話 攻撃開始

 アルカンレティアから少し離れた泉の畔。

 空を飛ぶイリスは立ち上る一筋の煙を見つけ、美味しそうな匂いに釣られるようにその場所へ降り立った。

 焚き火を囲んで狩ってきた鹿の肉を焼いている二人組。その傍らにイリスが着地すると、肉を串に刺していた少女――叶が手を振る。


「あら、おかえりなさい。お肉焼けたけど食べる?」

「欲しいです! 運動したらお腹が空いちゃいまして」

「運動って何をしたんだ? 偵察に行っただけじゃないのか……?」

「勘が鋭いお姉さんがいてね。で、軽く戦闘してきたの」


 レンに対して適当に状況を説明し、叶から焼き上がったばかりの肉を受け取ってかぶりついた。

 ほどよいレアで焼き上げられた鹿肉は、塩加減もちょうどよく噛むほどに肉汁が溢れ出してくる。ほのかに血の風味も感じられてイリスは満面の笑みで食べ進めていた。

 レンも肉を噛みきり、口元を軽く拭うとイリスに視線を戻した。


「それで、敵の様子はどうだった?」

「うーん……マズいとも幸運とも言えるかもね」

「どういうことだ?」

「王都から勇者の仲間が数人やって来てる。勇者も来るみたいな話もあったよ」

「それだけならむしろ好都合ね。で、イリスがマズいって思えるのは何?」

「そのことです。それとは別に幸運に思うのはレンくんだけかもしれないけど、アルカンレティアにいた勇者の仲間……レンって呼ばれていましたよ。それって……」

「斉藤蓮。レンにとっては憎むべき最大の敵か」


 レンが身に纏う闇が増大する。

 静かで、そしてどこまでも深い憎悪の闇が世界を侵蝕し始めた。

 異変を察知した動物たちが逃げていく。近くの植物が黒く染まって枯れ果てる。

 闇を放出したレンが深呼吸をした。同時に周囲に満ちている闇が急速に沈静化していく。


「申し訳ありません。取り乱しました」

「いいよ。誰だってそんな反応をするだろうしね」


 肉を闇で保護していた叶がそれを解き、再び串に刺して焼き始めた。

 闇を取り込んで黒い炎となったたき火の火力は凄まじく、油断しているとすぐに肉を焦がしそうで叶が慌てる。

 適度に塩胡椒を振りかけ、味を調えると自分も嬉しそうにかぶりついた。

 ついでに、何体かのキルキャットも召喚して肉を分けてあげる。


「で、お姉ちゃんどうする? さすがに勇者はマズいんじゃないかな? 私とどっこいの強さのお姉さんもいたし」

「問題ないわ。イリスと同等なら、レンが圧倒できる。それに、そんなに多くが集まっているのならまとめて粉砕してやるわ。勇だけはあえて生かして絶望を与えてやる」


 叶は、膝の上で丸くなって顎を撫でてもらうことで気持ちよさそうに喉を鳴らすキルキャットを見ながら恐ろしいことを口にする。

 イリスと同等の強さの存在には驚かされたが、叶とレンであれば問題なく撃破することも可能だ。恐れることはない。

 肉が全てなくなると、叶がすっと立ち上がった。

 腕を横凪ぎに一閃して森の木をなぎ払い、広大な空き地を作り出す。ガサガサと大木が倒れる音が響く。

 火の付いた木を湖へと投げ込むと、さらに腕を振って軍勢を呼び出した。


「もう一仕事よ! 来なさい!」


 ロッカの町を滅ぼした魔物の軍勢が姿を現した。

 あの時ほど数は多く用意していないが、それでも個々のレベルはロッカの時よりもわずかに上だった。

 今回はベリアルのような大物は用意していない。叶自ら指揮を執り、直接攻め込んでいく。


「蹂躙を始めましょうか。容赦なく本能のままに殺せ」


 命令を受けた魔物たちが侵攻を開始する。

 レンが剣の確認を行い、イリスは隠し持っていた血液パックで血の補充を行った。

 戦闘準備は完了。遂にアルカンレティアへの攻撃が行われる。


 一方その頃、聖たちは防備を固め、魔王軍に対する迎撃態勢を整えていた。

 森で感じた絶大な闇の力に兵士たちが怯えていたが、そこはエリザベートが皆を落ち着かせるようにいろいろと動いたために目立った混乱は起きていない。

 城壁の上で監視をしていた兵士が、アルカンレティアへと迫る魔物の大軍を発見して警告を発した。聖たちに緊張感が走る。


 叶と聖。二人が望まぬ形での再会を果たそうとしていた。

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