第32話 血濡れの戦い
「あははははっ! ねぇねぇどうしたの? もっともっと楽しもうよ!!」
「くっ……! この!」
攪乱するように飛びながら攻撃を仕掛けてくるイリス相手に、エリザベートがひたすらに苦戦していた。
以前戦った魔王の幹部とは完全に別次元の戦闘能力。
相対するイリスからは、魔王特有の息苦しさを感じるような闇の魔力を感じない。そのために魔王の幹部だと予想するが、それでも表情を強張らせるだけだ。
教会から魔王がもう一人誕生したとは聞いていた。しかし、まさかもう一人の魔王の幹部がここまで圧倒的な力を有しているとは夢にも思わなかった。
そして、イリスがここにいることと発見時の様子から、先行偵察として派遣されたのだと考えた。すると、アルカンレティアに進攻中の魔王の幹部はイリスと同等、もしくはそれ以上の力を有している可能性も考えられる。
それに加え、イリスが偵察ということで最悪の可能性も浮上してきた。
(魔王自身が軍を率いて攻撃を仕掛けている可能性もあるわけね……!)
エリザベートのその予想は、聖たちが一花たちの遺体を目の前にしたときに予想したのと同じものだ。
幸いなのは、イリスのレベルがそれほど高くはないということだ。
尤も、それほど高くないというのはエリザベートと近いという体感で、聖たちにとっては天上の存在ではあるのだが。
何度かエリザベートとイリスが攻撃をぶつけ合う。激しいやり合いに聖と蓮が入り込む隙を見いだせない。
「おいおい……こんなのどうしろってんだよ……」
「下手に割り込むと足手まといになるから動けない……!」
状況を正しく判断できている二人。
しかし、そうではない者もいた。海斗だ。
動けずにいる二人の横を通り過ぎて背後からイリスへと斬りかかる。
「血を啜る化け物風情が!」
イリスの目が赤く輝いたことを、エリザベートだけが気付いた。
即座にイリスを追い抜き、海斗をイリスの攻撃から庇う。
「なっ!?」
「離れなさい!」
イリスが投げつけたのは、いくつもの赤い血の結晶。
海斗の胴体に刺さるはずだったそれらは、エリザベートが左腕で防いだ。代償に、結晶がエリザベートの左腕を蝕む。
クスリと笑ったイリスが突き出した手を握った。その瞬間、血の結晶が膨れ上がって腕を内側から貫く。
「うぐ……っ!」
「早いねお姉さん。私のあれに間に合うんだ」
血の結晶は砕けた。だらりと脱力し、穴が空いたエリザベートの腕からは夥しい量の血液が流れ出す。
聖が回復魔法の詠唱にはいり、蓮が少しでも時間を稼ごうと腰を低くして戦闘の準備を行う。
その間にイリスが飛び上がった。持っていた槍を思い切り投擲する。
地面に突き刺さった槍は、爆発を引き起こして血の針を作り出した。
鋭い先端が蓮たちの行く手を阻むように突き出している。
「じゃあ、私はこの辺りで撤退させてもらうとしようかな。バイバイお姉さんたち」
「待て! 逃げるな!」
「そんなに興奮しないでよお兄さん。どうせすぐに戻ってくるからさ。今度は大魔王様と一緒に」
「やはり、魔王が軍を……!」
「魔王じゃなくて大魔王。そこは間違えないでね。じゃないと殺しちゃうよ。結局は殺すけど」
巨大なコウモリの翼が展開される。イリスの高度がどんどん上がっていく。
「じゃあね。残り少ない命を精々楽しんでね~」
そう言い残し、イリスは空の彼方へと消えていった。
戦闘が終わると同時に未玖が駆けてくる。少女を部屋に送って行っていたために、何が起きたのか分かっていない彼女は血だらけのエリザベートを見つけて小さな悲鳴を発した。
「え、何これどういう状況……!?」
「……魔人の襲撃だ」
「不覚を取ってしまいました。お恥ずかしい」
聖による回復魔法でたちまち傷は癒えていく。
左腕に空けられた穴をすっかり治したエリザベートは、問題なく腕が動くのかを確認するために数回剣を振った。
特に支障なしと判断し、聖へと頭を下げる。
「ありがとうございましたセイ様。おかげで再び戦うことができます」
「あ、いえ。私の方こそ友だちを助けてくれてありがとうございました。私たち、何もできなくて……」
「セイ様とレンくんはあの場で最善の行動を取っていました。悔やむことはありませんよ」
イリスとの戦いに干渉しようものなら、即座に殺されていた。
ただそれがいまいち分かっていなかった海斗は、視線を地面に下げて唇を結ぶ。
「カイトくん。彼我の実力差を正しく理解し、戦うべき局面を見極めることの重要性について分かりましたか?」
「……はい」
「じゃあ、私のこの怪我も無駄ではありませんね」
どこまでも優しくエリザベートが笑う。
が、状況は悪かった。
イリスに防衛情報を持ち帰られたのだ。当然、何かしらの対策は講じてくるはずである。
現時点での情報を使えないと判断し、丸井を中心に再び迎撃の準備が進められる。
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