第31話 防備を固めて

 来たるべき戦いに向け、アルカンレティアは急ピッチで準備を整えていた。

 未玖ともう一人、蓮と一緒に町にいた北谷海斗というクラスメートが住民の避難誘導をしている。

 剣士のジョブを手にし、レベルもそこそこ高い。日本にいた頃は蓮が叶に暴力を振るうところを教員に見られないように見張りをする役だった。

 そのことから、未玖としてはあまり印象はよくない。しかし、人の命がかかっているこの状況で文句は言ってられなかった。

 ロッカから来た兵士たちを先に近くの町へと派遣し、状況を軽く説明してもらい住民をしばらく受け入れてもらう。その後、アルカンレティアに存在する総力を以て魔王軍を迎え撃つというのがエリザベートの作戦だった。

 聖たちが町の防備を固めているうちに、二人で手際よく脱出の馬車へと住民を案内していく。


「こっちー! 急いでー!」

「早く! 敵はすぐそこまできているぞ!」


 妙に不安を煽るような言い方の海斗に未玖はこめかみをひくつかせるも、黙って案内を続ける。

 やがて、無事に最後の馬車を送り出すことに成功した。最後に町を巡って残っている人がいないか確認する。

 手が空いている兵士にも協力してもらい、走り回る。

 が、不幸なことに事件は起きた。

 未玖が通りにあるレストランの前を通り過ぎようと思った時、店内に人影があるのを見てしまったのだ。

 慌てて店に駆け込む。


「っ!? だれ……?」

「あ、えーと。お姉ちゃんは町を見回っている人だよ。どうしてここにいるの?」

「……ママ、いつのまにかいなくなってた」


 ぬいぐるみを持ったまだ小さな女の子だった。

 さすがにこんな所に置き去りにするわけにはいかない。迷った末、未玖は少女を連れて一度帰ることにした。

 エリザベートの屋敷が、この戦いでの本陣。既に海斗や兵士たちは戻っており、遅れて帰ってきた上に逃げ遅れた少女を連れた未玖を見て驚きの表情を浮かべている。


「聖! この子、どうする?」

「えっ!? 逃げ遅れたの!?」

「どうしました? ……あっ、これは……」


 エリザベートも出てきて戸惑っている。

 もう馬車は残っていない。馬に乗せて逃がすのもありだが、一人で乗れるとは思えないし誰かに連れて行ってもらうのも少し不安だった。

 となると、どうすべきかエリザベートは決断する。


「この子を私の部屋に。そこなら多少は安全なはず」

「分かりました。未玖、お願いできる?」

「まっかせて~。ほら、行こうか」


 将来は幼稚園の先生になりたいと言っていただけに子どもの扱いが上手い。

 未玖が少女を連れてエリザベートの部屋に行くのを見届け、エリザベートは叶と二人で庭に出た。

 庭では、机の上に町の地図を広げて弓兵の配置場所や投石機の置き場所を決める一団、それと蓮をはじめとする訓練組が自分のやるべきことをやっていた。

 聖は、地図にいろいろと描き込んでいく少年に声を掛ける。


「丸井くん。どう?」

「順調でござるな。都市防衛ゲームのプロに失敗の二文字はなし!」


 眼鏡をクイッと押し上げて自慢げな顔をさらす。

 丸井健司。軍師というレアなジョブに選ばれたオタクだ。

 そのジョブの力と一部ゲーム知識をフル活用し、蓮の魔王領の町攻撃の際に有効的な侵攻ルートを割り出し、今回も町の防衛というところで力を発揮している。

 聖としては普通にクラスメートの印象なのだが、それは健司の実情を知らないから。

 聖の知らないところで健司は梓から叶が裸で撮られた写真や動画を買い取り、別の所で高値で売りつけて荒稼ぎしてゲームに課金するという外道のようなことを行っていた。

 矢の弾道計算、ロッカからアルカンレティアへの地形を考えての投石機。それらを素早く計算して的確に配置していく。

 その動きにはエリザベートも目を見開いた。


「すごいですね。これが軍師……!」

「もっと褒めていいでござるよ!」


 すぐに調子に乗った健司にエリザベートが苦笑いを浮かべた。

 聖がとりあえず謝ろうとしたとき、空気が変わった。

 エリザベートが途端に表情を険しくする。怒らせてしまったと聖は慌てるが、エリザベートは屋敷を振り返る。


「やられた……っ!」

「やられた?」

「セイさん! レンさん! 戦闘準備をお願いします!」


 腰に帯びた金色の細剣を素早く抜き放つ。直後、体を捻って金色の斬撃を屋敷へと打ち出した。


「“黄金の旋風”!」


 エリザベートの攻撃は屋敷の一部屋を破壊した。

 その窓枠に止まっていた一匹のが慌てた様子で飛び去っていく。が、逃がそうとせずに次の攻撃を放つ。

 地を強く蹴って飛び上がる。金色の粒子を纏わせた剣で飛ぶコウモリを貫いた。


「“金色の霹靂”」

『っ! いったぁい!』


 コウモリが喋ったことに聖たちが驚いた。

 コウモリを撃墜したエリザベートが地上に降り立つ。一拍遅れて落ちてきたコウモリは、地上に着くなり人の姿となった。

 闇を纏う少女が肩を押さえている。少女は、すぐに自分を包囲した聖たちに恨みがましい視線を向けた。


「ひっどーい! 女の子を突き刺すなんて!」

「コウモリが女に!? こいつ魔人か……!」

「鑑定できない!? どうして!?」


 聖が鑑定の魔法の発動に失敗したことについて動揺している。

 少女は、肩の傷をすぐに癒やすと立ち上がった。クスクスと不気味な笑い声が聞こえる。

 そんな少女に対して、エリザベートが剣の先端を突きつける。


「何が面白い……」

「弱いなって。そんなんじゃカナ……大魔王様には勝てないよ」

「大魔王!?」

「ふふっ……それで私は、大魔王様の配下って感じ。いやー、見破るなんてお姉さんすごいね!」


 煽るように拍手をしてくる少女に、エリザベートが警戒の視線を強くする。


「さて、帰ろうかと思ったけど、逃がしてくれないよね?」

「当たり前だ! 魔人ならここで殺す!」

「いいよお兄さん! その意気その意気! じゃあ、事前にちょっと場を引っかき回してあげる。それくらいは許してくれるはずだしね」


 少女が指を噛み切った。

 血が撒き散らされ、すぐに固まって深紅の槍へと変貌する。


「コウモリ変化……血の武器……やっぱり吸血鬼……!」

「ちょっと違うけど、いいや。私の名前はイリス=ヴァンピール。こんな可愛い女の子に殺されるお姉さんたちは幸せ者だね」


 そんなことを言いながら、イリスは最初にエリザベートへと襲いかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る