第19話 私刑

 暴れる一花としずるの髪を掴んで引きずる叶。振りほどこうとはしているが、叶の闇が作り出した拘束が強固で抜け出せない。

 二人を激しく壁に投げ捨てて打ち付ける。背骨が軋むほどの衝撃に、二人が肺の空気を全て吐き出す。

 蹲る一花の頭を力強く踏みにじる。口の端が切れ、血が流れ落ちた。頭蓋骨がミシミシと音を立てる。歪んだ笑顔を顔いっぱいに貼り付けた叶が楽しそうに足を沈めていく。

 焦るしずるが泣きながら土下座を見せる。両手両足を綺麗に揃えた見事な姿勢で、頭をピッタリ地面に擦りつける。


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許して叶!」

「……私、謝って許してって言ったよね? その時、何をしたっけ?」


 顔を踏みつけていた足を離し、今度は一花の顔に強烈な蹴りを叩き込む。前歯がへし折られ、口の中に叶の足が食い込む形となった。


「ありゃ。少し強すぎたかな? ……でも、いっつもこうだったよね? 謝ったら顔を蹴られてた。すっごく痛かったんだよ?」

「ご、へ……」

「で、でもそうしないと梓に何されるか分からなかったから仕方なく!」

「その割には、すごく楽しそうだったよねぇ。どうして? 教えてよ」


 もう一度一花に蹴りを入れる。

 つま先がちょうど一花の左目に命中し、粘着質な嫌な音が聞こえた。ゆっくり引き戻した叶の足には血液のようなものが糸状になって眼窪と繋がっている。


「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ッ! もう……もうやめてよ!! こんなこと!!」

「黙れ。自分たちがやられる側になったら途端にやめて? 虫が良いこと言ってるんじゃないわよ!」


 しずるの後頭部にかかと落としを決める。勢いよく前方向に引き倒されたしずるは地面に顔面を叩きつけられ、全面を血で濡らした。

 叶の背中から闇の腕が二本伸びる。細く、しなやかではあるが建物の柱程度なら片腕で破壊できるほどの腕力のある腕が一花の首を締め上げた。

 わずかに残った力で必死に腕を振り払おうとしている。呼吸が満足にできず、口をパクパク動かすも酸素が取り込めない。締める力が強すぎて、喉が裂けて血を吐き出した。


「おね……が……い……ころさ……ない……で……」

「トイレの便器に顔を沈められるとさ、息が吸えないんだよね。どう? 少しは気持ちを分かってくれた?」


 腕が片方一花の頭を掴む。右腕は右方向に、左腕は左方向に込める力を変えて一花の首を引きちぎった。

 無理やり引き裂いたために背骨の一部まで付いてくる。大量の血液が飛散し、部屋にいる四人の体を赤く染め変える。

 眼前の光景に奏が青ざめた。血に濡れた自分の手を確認すると、蹲って胃の中身をすべて吐き出す。壊れてしまう寸前まで精神的なダメージは大きく、頭を抱えて泣き叫ぶ。

 闇の腕が奏の足首を掴んだ。しばらく強引に部屋を引きずり、壁に向かって投げ捨てる。地面を擦った半身には瓦礫などが深く刺さってしまっていた。


「うるさい。黙ってて」


 凍り付くような声で言われ、奏は必死に口を押さえる。また、何か声を漏らしてしまうと今度こそ殺されるという恐怖が彼女を従順にしていた。

 必死に黙ろうとしている奏から視線を外した叶は、とある魔道具を取り出した。その見た目は、まるで小さな槍のよう。

 闇の腕はしずるの両足を掴んで左右に大きく広げさせた。向きも反転させ、宙づりの態勢に変えさせる。


「私ね、SNSに裸の写真をばらまかれたこともあったよね? しかも、しずるの提案で異物を挿入された恥ずかしい格好で」

「ま、さか……!?」

「これね、伸縮自在の槍らしいの。異世界って面白いよね。こんな不思議なものがとても安く買えたから」

「いや……やだ……やめて……!」

「しずるはあれ、いくらで買ったの? 同じような目に遭わないと平等じゃないよね?」


 叶が槍を振り上げ、長さを最大限に伸ばした。恐怖心から泣きわめくしずるなど知ったことではないとばかりに、槍を振り下ろしてしずるを貫く。

 股関節を引き裂き、内臓を大きく傷つけ、口から槍の先端が飛び出す。文字通り串刺しにされたしずるは即死だった。滝のような量の血が口から溢れてくる。

 刃物を使うのも面倒だと、しずるの首を強引に引きちぎる。槍の長さを一番短くし、引きちぎった生首にもう一度刺す。

 一花としずる。二人の生首を並べて高笑いする。手に染みついた二人の命を奪った感触が、耳にこびりつく懺悔と断末魔が、目に焼き付いた二人の死に様が。

 それらすべてが、叶の気分を最高潮に盛り上げるいいスパイスとなっていた。


「……化け物が」


 怯えながら漏らした京也の悪態を叶は聞き逃さない。

 笑顔のまま回し蹴りで京也の顎の骨を粉砕する。真っ正面から闇の腕で殴ることも忘れない。


「私が虐められていたのに無視した人でなしがそれを言う? 面白い冗談ね」


 京也が虫の息になるまで殴り続ける。

 しばらくして、顔を数倍に腫れさせ動きが鈍くなったところで攻撃を止めた。同時に窓を押し破って人影が二つ乱入してくる。


「カナウお姉ちゃんごめんなさーい!」

「申し訳ありません。つい、楽しくて全員殺してしまい……」

「あぁ、そんなのどうでもいいの」


 外にいた護衛を皆殺しにしたイリスとレンが合流する。新手の二人に京也も奏も諦めたように笑いながら泣いてしまった。

 この二人はどんな方法で殺してしまおうか考える。と、叶はイリスが力を貸してくれる条件を思い出した。


「イリス。この二人あげるわ。好きなように殺していいよ」

「え!? ありがとうございます!」


 人間を殺させてもらう。それが、イリスが叶に手を貸す条件だ。すでに外にいた騎士たちをたくさん惨殺しただろうが、イリスが抱える闇はまだまだこんなものではない。

 鼻歌交じりに殺し方を考えるイリスの後ろで、叶はレンに申し訳なさそうに手を合わせた。


「ごめんね。レンはまた今度の機会で」

「なくていいです。俺は、あのガキさえ殺せれば満足ですから」


 奏の悲鳴が聞こえる。

 叶とレンが確認すると、ちょうどイリスが京也の心臓を抉り抜いて握りつぶした瞬間だった。

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