第12話 大魔王の配下

 かつて二人が住んでいた宮殿跡にお邪魔して、今後のことを話しながら食事をすることになった。料理はナイトメアフォールンがすべて作ってくれるとのことで、叶たち三人は席に着いている。

 前菜が運ばれてきた。その出来に、叶が目を丸くする。


「綺麗な見た目……」

「見た目だけでなく、味も保証しますよ」


 サラの言葉を信じて一口食べる。言葉通り、味もまた格別だった。


「美味しい」

「カナウお姉ちゃんが気に入ってくれてよかった!」

「こ、こらイリス!」

「カナウお姉ちゃんでいいよ。すごく、嬉しい」


 自分を慕ってくれる存在に、自然と顔がほころぶ。今だけは、復讐を忘れて穏やかな感情でいることが出来た。

 だが、それも一瞬だ。今後について話すのだから、そこは避けて通れない。


「二人とも。私はこれから復讐のために戦う」

「復讐、ですか……」

「ええ。勇者たちを許さない。一人、女の子を除いて全員殺すことが私の目的」


 底冷えする不気味な声音に、周囲のナイトメアフォールンたちが萎縮して動けなくなる。イリスとサラも、背筋が凍り付くような錯覚に襲われながら黙って聞いていた。


「そこで、ここを拠点に動きたい」

「はい。それは私もいいと思います」

「そして、私を手助けしてくれる存在がほしいの」


 叶が放った一言。それは、二人に勇者たちを殺す手助けをしてくれという誘いに他ならない。

 急なことにサラが押し黙る。しかし、その沈黙をイリスが破った。


「カナウお姉ちゃんのお手伝いをすれば、人間を殺せる?」


 叶とサラの視線がイリスに集まる。俯いているために表情が見えないが、その声音は先ほどの叶と同じくらいに冷え切っていた。

 妹の思いがけない言葉にサラが戸惑う。落ち着かない様子で手を動かし、恐る恐るイリスに真意を確かめようとする。


「イリス……? どうしたの?」

「やっぱり許せない。トランシルバニアを滅ぼした人間を許せない。友だちを殺した人間を殺したい」

「それは……」


 気持ちはよく分かる。それはサラも同じ気持ちだった。できることなら、自分の手で人間たちを引き裂いてやりたいと。

 でも、できない。叶に助けてもらわなければ死んでいたほど、レベルが低い。今のまま攻撃をしても、返り討ちに遭って殺されてしまうだけだ。

 イリスにまで死んでほしくない。そう思ったサラが説得してイリスを諦めさせようとすると、叶が微笑む。


「殺せるよ。私がダメって言う女の子以外は」

「本当!?」

「ま、待ってカナウ様! イリスにそんな危険なことは!」


 どうにか諦めさせるためにサラが必死になる。叶は、サラが必死な理由も見抜いてそれも含めた解決案を持っていた。


「大丈夫。レベルを上げて強くなれば」

「でも、そんな急に……」

「二人ともヴァンパイアなら、吸血くらいできるよね?」


 闇のドレスを一部消し、白い首筋を見せつける。動脈には強い魔力が感じられた。


「カナウ様?」

「血を吸っていいよ。そうしたら、私の魔力で貴女たち二人は強くなれる」


 これも大魔王の力の一端。自分に付き従う配下の強さを格段に引き上げることが出来るのだ。

 その発動条件として、叶の血を体内に取り入れる必要があるが、ヴァンパイアの二人であればわざわざ叶が自分の身を切る必要もなかった。

 サラがどうしようという目で周囲を見る。それとは反対に、イリスはさっと叶に近付くと牙を鋭く尖らせた。


ほんふぉうにひひの本当にいいの?」

「ええ。強くなりたいのなら」


 イリスが牙を叶の首筋に突き立てた。小さく穴が空き、溢れる血をこぼさないように吸い上げていく。

 叶の血と一緒に強大な闇の魔力がイリスに流れ込んでいく。誰も確認していないが、みるみるイリスのレベルが上がっていった。

 強く噛み、最後に多量の血液を抜き取るとイリスが満足そうに口を拭った。ヴァンパイア特有の赤い瞳が不気味に輝きを増している。


「すごい! お姉ちゃん! 私、強くなったよ! カナウお姉ちゃんの力はすごいよ!」

「さぁ、サラはどうする?」

「私、も……!」


 イリスの身を案じていたから止めようとしたが、本当はサラも力を望んでいた。イリスが本当に強くなったことで、縛りが外れた。

 叶が超回復の力を持っていることは知っている。だから、勢いよく飛びかかると正面から首に噛みついた。


「痛ッ!」

「ッ! ごめんなさい」

「いいわ。憎悪に身を焦がすとそうなるもの。サラにも闇を」


 叶に言われるまま血を吸い出していく。サラの体内を膨大な闇が巡っていく。

 肉まで小さく噛みちぎって飲み込んだ。唇を赤く染めるサラが自分の胸に手を当てる。


「レベル260……! すごい!」

「私247! お姉ちゃんはやっぱりすごいや!」

「二人ともレベル200を越えたのね。今の勇は……30くらいかな? このままだと一方的、か」


 喜ぶ二人の前で、叶に残虐な笑みが浮かぶ。脳裏に浮かぶのは、泣き叫びながら体が少しずつ死に向かっていく哀れな勇者の姿。


「もう少し強くさせてから殺しましょうか。格下と侮った相手との絶望的な落差で罰としてあげる」


 イリスとサラが叶の手を取った。


「ありがとうカナウお姉ちゃん!」

「これで私たちも奴らを殺すことが出来る。カナウ様……偉大なる私の大魔王様……」

「堅苦しいのはなしね。二人は特別」

「「はい」」

「さて、二人を私の魔王軍最初の幹部にしてもいいかな? 最初の任務は、私と一緒にご飯を食べること。冷めないうちにね」


 ナイトメアフォールンたちが運んできたレアステーキを見ながら、叶は言った。

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