第11話 夜の廃墟
姉妹の案内で、叶は渓谷を歩いていく。先ほど叶が脱出した洞窟は、渓谷の一部の壁の中を通るものだったようで、周囲の地形に詳しいはずの姉妹も知らないものだった。
(きっと、アルマ様が戯れに作ったのね)
邪神であれば、洞窟の一つや二つくらいそこに住んでいる者の目を盗んで作ることも容易だろう。作った理由については、どうせくだらないものだろうなと苦笑する。
やがて、二人に先導されてたどり着いた場所は、美しくも悲しい都市の廃墟だった。
建物は崩れ、焼け焦げた残骸があちこちに落ちている。うっすらと青く輝く魔鉱石の破片も散らばっていて、通りにはいくつもの穴が穿たれていた。そして、倒れ伏す魔人たちの亡骸が目に入る。
「人間たちに滅ぼされた、私たちの故郷。……トランシルバニア」
「私たち吸血鬼は、ここで穏やかに暮らしていたのに……」
静かに涙を流す姉妹。故郷が滅ぼされた悲しみを叶は分からないが、きっと相当に辛く、耐えられないものだろうなと思う。
死者の冥福を祈るように屈む姉妹。二人の後ろからその様子をジッと眺める叶。だが、ふと周囲に殺意を感じて魔力を高める。
「……さぁて、誰か知らないけどなんの用?」
問いかけと同時、真っ白い怪物が叶めがけて襲ってくる。その爪は赤く光っていて、魔力が満ちているようだった。触れると間違いなく危険だということは理解できた。
しかし、遅すぎる。叶にはその動きが止まって見えるようだった。爪で攻撃してくる白い怪物の攻撃を体を捻って回避すると、腕に闇を纏わせ真横に振るって怪物の頭を弾き飛ばした。
半歩飛び下がって周囲を見渡す。既に包囲されているようで、そこら中に気配があった。そして、頭を吹き飛ばして殺したはずの怪物も頭を修復して立ち上がる。
「面倒くさ。じゃあ、魂ごと消してあげる」
漆黒の球体を形成する。それ自体が吸引力を持って周囲に魂の破壊を振りまく凶悪な魔王の魔法――ソウルエクスキューション。肉体の破壊で殺せないなら、魂を打ち砕いて殺す。
にやりと笑った叶は、その球体を白い怪物たちに向けて放とうと――、
「ま、待ってください!」
「皆も攻撃しないで!」
姉妹が叫んだ。途端に周囲の怪物たちが動きを止め、叶も魔法をキャンセルする。
「この人は味方! 私たちを助けてくれた」
「これ以上の攻撃は許しません」
姉妹の言うことをすんなりと聞く白い怪物たち。とりあえず、何か知ってそうな二人に話を聞くことにする。
「こいつらなんなの? 知り合い?」
「この者たちはナイトメアフォールン」
「私たちヴァンパイアに進化する前の魔物です」
魔人とは、魔物や魔獣が進化して知性を有した人型になった存在。魔人と、進化する前の魔物の生息地が近いことは不思議ではなかった。
「それにしても、言うことをすんなり聞くのね」
「ええ。一応、私たちはヴァンパイア族を束ねる族長の娘でしたから」
「ヴァンパイアクイーン、と呼ばれてました」
「ヴァンパイアクイーン?」
それほど強力な存在であれば、魔王が放置しておくはずはないと思う。不思議に思った叶は、ここでようやく二人に鑑定の魔法を使用した。
【イリス=ヴァンピール】
種族〈魔人〉 性別〈女〉 総合レベル40 ジョブ〈吸血姫レベル35〉
【サラ=ヴァンピール】
種族〈魔人〉 性別〈女〉 総合レベル50 ジョブ〈吸血姫レベル47〉
妹の名前はイリス、姉の名前はサラというらしい。二人のレベルを見て、魔王がどうして興味を示さなかったのか理解した気がした。
レベルが低すぎるのだ。この世界の魔人たちの力など知らないが、騎士に押されるほどのレベルであれば仕方ないと思う。
これからどうしようか叶が考える。後先考えずに騎士たちを殺してしまった。となれば、より強い戦力が送られてくる可能性も否定できない。助けた以上、このまま放置してどこかに行くのも後味が悪いし、かといって連れて行くには計画の邪魔になる可能性すらあった。
腕を組んでひたすら考えていると、サラが遠慮深げに手を挙げた。
「カナウ様。よければ、この地に拠点を構えてもらうわけにはいきませんか? ここであれば森や湖なども近いので食料には困りません。魔王城を作るスペースも充分かと」
「……私の情報をどうして? どこまで知ってる……」
分かりやすく叶が敵意を向ける。慌てたサラは急いで先ほど叶が頭を吹き飛ばした怪物を連れてきて説明する。
「私、ナイトメアフォールンを介して相手の思考や能力を読み取ることができるんです! それで、カナウ様のことも……」
「なるほどね。そういうこと」
とりあえず事情は理解した叶が敵意を収める。
自分が魔王で、拠点と食べ物に困っていることは分かってくれたと考える。そして、これはチャンスなのでは? とも思った。
この地の支配者であるヴァンパイアは滅び、生き残ったサラとイリスは好きに使っていいと言っている。近くに豊潤な食料が確保できる拠点が手に入り、そして二人が自分に協力してくれるというのなら、もっと復讐に方法を追加することができる。
二人も、叶が身の安全を保証することで互いにとっていい条件になるように思えた。
「そうね。じゃあ、使わせてもらいましょうか」
「ええ。ご自由に」
「それで、今後のことについて話があるの。二人に聞いてもらっていいかしら?」
「当然です! カナウ様……は、命の恩人ですから」
イリスがにこやかな笑顔を浮かべる。
初めて仲間というものを得ることができたかもしれない。そう思うと、叶の胸に本人もよく分からない温かな気持ちが湧いてくるのだった。
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