第10話 魔人を助ける

 アビスにあった魔法陣を踏んで脱出した叶。自身を包む光が消えると、周囲の状況を確認する。フッと軽く笑い、言葉を発した。


「ふざけるな。まだ洞窟じゃないの!」


 薄暗い洞窟に転移した叶が叫んだ。声が反響してずっと遠くまで響き渡る。

 お日様の下に出られると思ったらまさかの日が届かない。軽く苛立つ叶をなだめるようにキルキャットが足元に寄り添う。

 頬を撫で、異空間で休んでもらうと叶は右手に闇を展開した。高密度に圧縮された闇の塊で壁を破壊して外に出てやろうという考えだ。


「砕け散れ。“ダークバレット”」


 大魔王のジョブを得てから闇系統の魔法が使えるようになった。その中で低位の魔法であるダークバレットを使って壁を吹き飛ばす。

 壁面に着弾した闇の塊は叶のもくろみ通りに壁を粉砕した。向こう側から輝きが漏れている。


「やった外! 案外楽に出られたわね」


 ゆっくりとした歩調で外に出て行く。崩れた穴を出ると、そこに広がっていたのは真っ赤な空だった。

 人類ではなく、魔王が支配する大陸。脱出先が予想外の場所だったため、思わず笑ってしまった。

 とりあえず周囲に目を向ける。まずは基本となる情報収集を行おうとしていた。

 すると、すぐに抱き合う姉妹らしき二人の少女が目に入った。姉らしき少女は黒いゴシックドレスのようなものを身につけており、妹らしき少女は、黒色のお姫様ドレスのようなものを着ている。姉は金色、妹は銀色の髪が美しく、どちらも深紅の瞳が特徴的だった。

 怯えたように縮こまっている。涙目の妹を姉が庇うように守ろうとしている。叶に強い目を向けるが、肩が小刻みに震えていた。


(そりゃあ、怖いわよね)


 いきなり近くの壁を破壊して人が現れたのだ。その際に使った魔力を感知したとなると、怯えるのも無理はない。壁は分厚く、また何層もあると思って強力な威力に改変して放ったのだからなおさらだ。

 頭を掻き、とりあえず笑顔を作る。少しでも恐怖を和らげてもらおうと一歩踏み出した。


「ごめんね? ただ、私は怪しい者じゃ……」

「貴様……ッ! 何者だ!?」


 そう、背後から聞こえた。なんだろうと振り返ると、白い鎧の騎士と向かい合う。


「どちら様で?」

「ふざけてるのか……! 我が部下を殺しておいてぬけぬけと!」

「部下?」


 叶が騎士の後ろを見ると、そこには体の一部が消えた死体や、岩に押し潰された死体などが見えた。他にも無事な騎士がいるが、彼らも負傷している場合がほとんどだ。


「あー、巻き込まれたのね。運が悪かったと思ってもらうしか」

「馬鹿にしてんのか!? 部下殺されて運が悪いで済むわけないだろう!」


 叶の挑発ともとれる言葉に騎士が激昂する。叶は、知らないとばかりに歩き始めたのでさらに騎士の怒りを誘った。

 姉妹らしき少女は騎士たちに任せよう。そう思って歩き出す叶に姉妹の妹が叫ぶ。


「お、お姉ちゃん助けて!」

「こら、イリス!」


 姉が制止するが、叶は足を止めた。助けて、という言葉がいやに胸に響く。


「どういうこと?」

「その人たち、私たちを殺そうとしてくるの!」

「……父も母も、私たちの一族も皆……っ!」

「当たり前だ。魔人族、それもヴァンパイアなどという神敵である貴様らに生きる資格などない!」


 騎士が姉妹に剣を向けた。その行為がどうしても見過ごせず、叶が両者の間に割り込む。


「……何のつもりだ?」

「子どもじゃない。見逃してあげたら?」

「ヴァンパイアを庇うとは……貴様も神の敵か!」

「神に選ばれたはずだけどね……」


 肩をすくめて苦笑いする叶の態度に遂に騎士の怒りは限界を迎えた。炎の魔法を剣に付与し、勢いよく斬りかかる。


「お姉ちゃん危ない!」

「お姉さん!」

「……最後の警告。引っ込めるなら殺しは……」

「死ね! 神敵風情が!」


 騎士の剣は叶の首に命中した。が、火花が散って間抜けな声が漏れる。


「「「え?」」」


 姉妹と騎士が唖然としている。騎士の剣はポッキリと折れ、叶の首には傷一つ付いていなかった。黒い闇が展開され、騎士の攻撃を完全に防いでいる。

 騎士の部下たちも抜剣して飛びかかる。だが、叶はそれを一瞥して魔力を練り上げた。


「はぁ、めんどくさ。“ブラックアッシュ”」


 漆黒の波動が拡散される。その波動の直撃を受けた騎士たちは、体を黒く変色させ即死した。

 広域虐殺を可能にする魔法――ブラックアッシュ。生物の細胞を壊死させ、黒く染め上げる魔王専用の魔法だった。


「次は……貴方ね」

「くっ! まだ終わらん!」


 折れた剣で突進する騎士。対する叶は、闇を短剣の形に変形させた。

 騎士に合わせて走り、すれ違う。去り際に騎士の心臓を一突きし、体からえぐり出して踏み潰した。


「ばか……な……」

「あーあ。無駄に死ぬことなかったのに」


 事切れた騎士の死体を見下し、叶は視線を姉妹に向ける。しかし、一連の行動はさらに二人を怯えさせてしまったようで、じりじりと後退しているのが見えた。


「や……殺さないで……」

「私はどうなってもいいですから……せめてイリスは! 妹だけは助けて!」

「いや、殺さないから。それより、いろいろと聞きたいことがあるから教えてくれない?」


 両手を挙げ、何もしないとアピールしつつ二人に近付く。この世界で初めて出会う魔人だ。友好関係を築きたいと考え、会話に臨もうとする。

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