第9話 魔王誕生の報せ

 叶がアビスで死んだと聞かされてから数時間。聖が一人自分の部屋のベッドで泣いていた。

 あまり身内を疑いたくはないが、状況から考えて勇たちが叶を囮に撤退したせいで叶が死んだのだと想像することはできる。クラスの誰もが叶を虐めていたことは知っていたが、まさかここまでするとは思わなかった自分の落ち度だと激しく責める。


「ごめん……本当にごめんなさい……っ!」


 枕を涙で濡らして謝り続ける。

 聖がここまで叶にこだわるのには理由があった。もっとも、そのことを叶は覚えていないだろうが。

 聖が小学生の時、大きな犬に追いかけられるという事件があった。その時に聖を助けたのが叶だった。犬に噛まれても聖を守り抜いたその姿に、幼いながらも憧れを感じていたのだ。

 高校の入学式で叶を見かけた時、聖の胸が高鳴ったのを今でも覚えている。けれど、それなのに――、


「私、なんてずるい女なんだろう。叶は損得抜きに私を助けてくれたのに……なのに、私は……っ!」


 目元を拭う。強い決意の光を瞳に宿してキッと宙を睨んだ。近くに置いていた杖を力強く握りしめる。


「私も……叶みたいに!」


 自分の中で一本筋を通す。溢れる神々しい光の魔力が部屋を照らし始めると、不意に焦ったような声が聞こえてくる。


『聖さん聞こえますか!?』

「この声……フォレア様?」


 聖に呼びかけてきたのは、聖たちをこの世界に送り込んだ神で、この世界の主神である女神フォレア。

 焦りを多分に含む声に聖が不安を感じる。そもそも、この声自体が初めての神託。それで焦った声を出されて不安になるなというのが無理な話だった。

 声が届いたことに安心したような呼吸を漏らすフォレア。だが、すぐに元のように焦る声で急な連絡の理由を伝える。


『聖さんに一番に話しておきます。……どうやら、魔王がもう一体誕生してしまったようです』

「そんなことが!? あるんですか?」

『一つの世界に魔王と勇者は一人ずつ。それが基本原則のはずですが、勇者に匹敵する皆さんの力が魔王誕生を許してしまったのかも……』


 世界の原則などは知らない聖だが、状況がマズいことは理解できた。

 最悪の場合、魔王たちが手を組み同時に戦うことになるかもしれない。そうなれば、人類の敗北はほぼ確定事項だ。

 そう考えながら、聖はとある疑問を思い浮かべていた。それは、どうして自分だけ先にそのことを教えられたかだ。


「フォレア様。私に先に話したのには理由が?」

『……これは教会の者には伝えません。ですから、聖さんも他言しないでください』

「……わかりました」

『恐らく……新たな魔王は聖さんと同じ世界の者です。異世界召喚は女神の技。気配から、現れた邪神はアビスに封じられているはずの$*’でしょう。あの者が使えるとは思えません』

「なんと? それに、邪神?」

『名前が聞き取れないのは仕方ありません。邪神とは、世界に魔王を生み出す存在のことです。そいつが、聖さんのクラスメートに接触して魔王に堕とした。あまりこういうことを言うべきではないのでしょうが、これからは背中も警戒してください』


 それは、クラスに裏切り者が出た可能性があるということ。

 アビスでは、その邪神らしき存在の姿は確認できなかった。つまり、王城に残った誰かが魔王になったということになる。

 フォレアの声が聞こえなくなると、聖が肩の力を抜いた。そして、悲しい瞳をして小さくこぼす。


「もし……叶が生きていて魔王になったのなら……」


 そう口にし、頭を振る。それは、叶に対する侮辱だと聖が反省した。

 部屋を出て訓練場に歩いていく。体を巡る魔力を練り上げて集中する。


「叶、見てて。叶をこの世界に呼び出す元凶になった魔王は……どっちも私が滅ぼしてあげる!」


 そう、強い言葉で覚悟を決めた。


◆◆◆◆◆


「――魔王様。どうなされました?」

「……いや、な。アルマ様の気配と、凄まじい闇の力を感じたから」


 燃えるような空に黒い雲。数多の雷鳴が鳴り響くその場所に城が浮いていた。

 魔王が支配する大陸に浮かぶ闇の城――天帝の暗黒魔城。その最上階のバルコニーに二人の人物がいる。赤いスーツを着た悪魔と、黒い鎧の人物。

 鎧の人物こそ、人類を苦しめる魔王であり、赤いスーツの悪魔は魔王が従える配下の中では一番の実力者であった。


「もう一人の魔王……か。面白い」

「魔王様が? して、どうします?」

「アルマ様にはなにか考えがあるのだろう。全魔王軍に通達しろ。もう一人魔王が生まれた。手出しせず、友好的に接するようにと。向こうが軍勢を従えた場合、争うことは厳禁だ」

「御意」


 悪魔が消えた。魔王は、その場で不気味に微笑む。

 新たな魔王と会いたい気持ちを抑えながら。

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