第8話 復讐を誓う

 闇が消え、叶がその場に立っている。しかし、彼女の姿は大きく変わってしまっていた。

 薄かった気配は強くなり、若干の殺気を孕んでいる。両目を隠していた黒髪は、黒い表面に薄紫色の光を内包した透明感のある髪へと変わっていた。右目を隠していた髪が短く切れている。ハムスターに抉られた美しい黒い瞳があった部分には真っ赤な瞳が輝いており、左の青い瞳も色をより濃くして見る者を引き込むような色合いになっていた。ハイライトがほとんど見えない純黒の暗闇を含む目がどことなく恐ろしい。

 頬に不気味な赤い紋章が走って輝く。自らに流れる闇の力を確認した叶が口元を歪めて笑った。


「これが新しい私……。素晴らしいわ……ッ!」


 試しに体の奥底に燻る魔力を解放する。階層全域に闇の魔力が伝播し、周囲の気配が消えていくのが感じられた。先刻まで圧倒的強者だった魔物たちが尻尾を巻いて逃げ出していく。


「強くなってるわね。さて、どれほどのものか……」


 自分の能力を確認する。意識して能力値を空中に映し出した。


【宮野 叶】

種族〈人間〉 性別〈女〉 総合レベル180 ジョブ〈暗殺者レベル6・大魔王レベル50〉


 勇たちを凌駕するレベルに笑いが止まらない。赤い瞳が殺意を映す。


「魔物たちよりも弱いのに逃げられた。これも大魔王の力ってところかしら?」


 もっと集中して自分のことを調べる。内側に意識を向けると能力の詳細が手に取るように分かった。暗殺者の技も格段に強くなっている。


「気配完全遮断術に、痛覚激化。闇による超回復に魔王のカリスマに低位・中位魔物作成術。他にもまだまだ、これは素晴らしい……」


 気配を完全に断ち切り、相手を死角から暗殺することができる。捕らえて拷問にかけるときは、痛覚激化でより強い苦痛を与えてやることもできた。

 そして、聖なる加護を受けた攻撃で心臓か脳を破壊されない限り死ぬことがない脅威的な回復力。それから知性のある魔獣や魔物、魔人をある程度従えさせることができ、自分で魔物も作り出せるので一つの国を作ることも可能だ。

 他にも多く存在する力を上手く使うために、叶は付近に視線を向ける。力を試すための哀れな犠牲者を探していた。

 思い浮かべている殺し方を一つでも多く試しておきい。勇たちをできる限り惨いやり方で殺そうと練習相手を求めていた。

 そして見つける。ウサギの魔物が群れでイビルハムスターを襲っていた。


「ふふっ。気配完全遮断。さぁ、楽しいお遊戯虐殺を始めましょうか」


 この瞬間、弱かった宮野叶という少女は完全に死んだ。復讐に取り憑かれ、叶が持っていた優しさが精神の彼方へと薄れ、心の髄まで闇に侵蝕された恐怖の魔王への進化を完了する。

 気配を完全に消し去った叶にウサギたちは気がつかない。そのまま背後まで回り込むと闇で作ったナイフを逆手に持つ。


「本当はもっとちゃんとしたナイフが欲しいけど。でも、いいや。“アサシネイト”」


 勢いよくナイフを振り下ろす。頭頂部に深く突き刺さったナイフはその刃でウサギの命を一瞬にして刈り取った。引き抜かれたナイフには、ウサギの血液と脳漿がべっとり付いている。

 アサシネイト。発動者に気づいていない存在に命中させるとほぼ即死させる効果のある特殊攻撃。暗殺者の必殺技だ。

 いきなり仲間を殺されたウサギが逃走を始める。そのうちの一体を叶は捕まえ、口に闇の塊をねじ込むと膨張させる。その体積に耐えられないウサギの頭は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 返り血で叶の顔が汚れる。頬に付いた血を指で拭って舐める姿は、妖艶であり恐怖。頬を紅潮させ、殺しを楽しむような素振りも見せていた。

 その後、新しく習得した技で一番可能性があるものを試す。


「逃がさない。“縮地”」


 足に魔力が宿り、高速移動を可能にする。強く踏み込んだ叶が走ると、すぐに逃げたウサギたちを追い越した。これなら、たとえ馬を使って逃げられても容易に追いつくことができる。

 結果に満足した叶は闇を剣にしてウサギたちの首を刎ねていく。見つけた群れをあっという間に全滅させた。戦闘を重ねるごとに楽に殺すことができると思い、すぐに理由を理解する。


「そういえば、訓練だけでなくてなにかを殺しても強くなってレベルが上がったわね」


 総合レベルを確認すると、もう376まで上がっていた。高レベルの魔物を短時間で大量に殺したからだろう。

 最後の確認に魔物を作ってみる。脳内に作ることができる魔物のイメージが湧いた。そこから見た目が気に入ったものを選択する。


「来なさい。キルキャット」


 影から真っ黒い猫が現れる。爪が異常なほどに鋭く、尖った黒い毛並みの猫は、叶の足元にすり寄って喉を鳴らした。


【キルキャット】

種族〈魔物〉 性別〈女〉 総合レベル42 ジョブ〈暗殺者レベル37〉


 無事に魔物を作ることもできた。叶が上の暗がりを見上げて昏く笑う。


「待ってなさい。すぐに殺してあげるから。今まで私が味わった絶望を味わうといい。どこまでも追いかけて……必ず殺す」


 低い笑い声が響く。闇が蠢き、暗殺に特化した動きやすいドレスのような服に変わって叶の体を包んだ。魔王に相応しい闇色のマントまで伸びてくる。


「誰からどうやって殺してあげようかな? 特に勇と、梓と、先生。簡単には終わらせない。死んだほうがマシ、殺して欲しいと懇願するまで徹底的にいたぶってから殺してやるわ……」


 生み出した魔物と共に邪神の神殿に入る。予想通りというべきか、そこには魔法陣が地面で輝いていた。おそらくは転移用のものだと思われる。

 昏い笑みを貼り付けたまま、叶は魔法陣に足を踏み入れた。

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