小さなもの



 露店で買った小さな箱にはアンパンマンもどきが住んでいて、前面に埋め込まれた丸ガラスから彼らの生活を覗き見ることができる。畑仕事をしているのが三十五匹、すぐ横の広場でフリスビーをしているのが五匹いてその周りで昼寝しているのが十三匹。一棟だけ建っているマンションの中にはあと百匹以上いるけど、何匹かが私に気づいて窓から手を振ってくれる。私も瞬きで返す。するとその子たちが飛んだり跳ねたりして嬉しがってくれるので、体中の毛穴がむずむずして抱きしめたくなる。

 可愛いがすぎる。

 元々私はアンパンマンが好きで、あの真ん丸な顔とごまみたいな目と棒みたいな手足がたまらなくて、アンパンマンもどきたちもおおよそそのような姿をしているものだから、夢中で見る。

 彼らの生活は人間のおままごとじみていて、畑仕事も土をざくざく耕すだけだし、料理もフライパンを上下に動かすだけだ。何も生み出さないけど、何かを食べるということもなく、箱の中にあるリソースを消費しない。ただ遊んでいるだけ。エコだなあ……。

 と思っていたら繁殖活動はするらしく、いつの間にか見たことないくらい小さなアンパンもどきが、丸ガラスの前を歩いている。

 意外と生々しいのね。

 アンパンマンもどきの子供は自分よりも遥かに大きな私に興味津々で、ガラスをこつこつ叩き、「みーみー」と鳴く。

 その鳴き声と言ったら、直接触って撫で繰り回したいくらいだ。

 ガラスに指を這わせ、右に動かすとアンパンマンもどきの子供がついてくる。いったん動きを止めると、ガラス越しに頬を擦り付けてくる。そうやってずっと遊んでいたけど、ご飯を食べていないことを思い出して、箱の前から離れようとしたとき、子供が泣き出す。私をゴマの目で見つめながらガラスを叩く。

 ああんもう!

 私はささっとコンビニパスタを用意して、テーブルに置いてある箱の前に戻ってくる。

 子供は泣き止む。

 がなんとも寂しそうだ。

 どうしたものか……と箱をいじっているとガラスが回ることに気づく。動くんだこれ。少し硬いが回していけば外れそうだ。

 外した。


 そこからのことは思い出すのも嫌だ。

 大人たちに見守られながら子供が箱から出てきた。私の食べているパスタを欲しがったので、あげたら、子供は急に泡を吹いて倒れた。口から舌がはみ出し、風船みたいに膨れ上がっているのが見えた。きっと人間の食べ物は駄目だったんだ。私は助けようとしたけど、できることなんて何もなくて、わたわたしているうちに、子供はあっという間に動かなくなった。死んだのだ。それで誰かに言い訳するように首をきょろきょろさせると箱の中からアンパンマンたちが「みーみー」と騒ぐ。直後、その集団から二匹のアンパンマンが外に出て、テーブルの上を走ってきて、私の手に噛みつく。子供の親だった。

 全然痛くなかったけど、攻撃されていること自体が怖くて、咄嗟に手を振り払ったら、その、二匹のアンパンマンが弾き飛ばされテーブルから落ちた。あっと声が出たけど、動けず、二匹は悲鳴を上げながら床に着地して潰れた。一匹は頭が胴体にめり込んでいて、もう一匹は背中が逆方向に折れ曲がっていた。

 私は「ごめんね」「ごめんね」と泣いて謝りながらガラスを元通り嵌めなおした。その間、他のアンパンマンたちも泣いていたけど、私を見る目は完全に変わっていた。

 それは当然だ。

 だって私は三人も殺したのだから。

 それから箱の向こうから怒り狂ったアンパンマンもどきたちが私を殺そうと、小さな包丁を持ち、ガラスの前に立つようなった。

 でもその包丁だってどうせおもちゃだし、もし箱から出られても私を害する力なんて小さな小さなアンパンもどきたちにはないはずで、私が怖がることなんてないのに、私は箱に鎖を巻き、錠をかけ、物置きにしまってもう二度と出れないようにする。だけど私はその日の夜中にかりかりかりかり……と音を聞く。物置を見に行くとアンパンマンもどきたちは箱を内側から壊そうと、爪が剝がれるのも構わずにガラスを引っ搔いている。


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