丸を書く



 将来が不安で夜眠れないんです......というやつになるわけがないと思っていたのに、私はばっちり眠れなくなる。

 夜になると不安感で自然と目が冴えて体が熱くなるし、眠ろうと意識すればするほど眠れなくなるのだ。

 十時には布団に入るのに眠気がないまま朝まで過ごす生活を続けていると、心臓の鼓動が激しくなってきて、少し歩いただけでも息切れするようになって、いよいよ病院にかかるべきかしら? というところで「見ないで丸を書き続ける」方法を見つけ、眠れるようになる。

 今までが嘘みたいにぐっすりで、隈も取れるし、動悸息切れも治る。

 普通に眠れるって最高だ。

 あまりにもすんなり眠れるものだから、夜が来るのが楽しみになってくる。

「見ないで丸を書き続ける」方法は指で手のひらをなぞり、丸を書く。眠りたいって思いながらぐるぐるする。このとき手元は見ない。それだけで、一分もせずに眠ることができる。これは反復運動による催眠効果と手のひらにある眠れるツボの組み合わせによるもの......とかいう原理で私としても半信半疑なのだけど、眠れることが重要だ。

 それで毎日ぐるぐるして、快眠を手に入れ、仕事もはかどる。人にも優しくできるようになる。それはそうだ。自分がボロボロで正しく動けるわけがない。

 気分が良いから高校の友達と一緒にご飯を食べたりもする。

「わー久しぶりー!」

 とすぐに昔の関係に戻れる。社会人になってから疎遠だったけど楽しい。話は弾んで「最近眠れなかったんだけどねー......」とつい丸を書く方法を漏らすと、友達が「それ自分に門を作る方法だよ?」と真顔で言う。思わず笑ってから聞き返す。「門って?」

「え? 門?」友達も逆に聞き返すからわけがわからない。

「自分で言ったんでしょ」

「そんなこと言ってないよ。寝ぼけてんの」

 と笑われ、そうなのかな? まあ疲れが抜け切ってないのかもと納得して、会計を済ませようと席を立つと、私たち以外の客が全て手のひらに丸を書いている。手元を見ないで丸を書いている。

 ずっと。

 私は自分の悲鳴を聞いて、目を覚ます。

 汗びっちょりだ。

 夢だったのか? 今。

 カレンダーを確認すると、今日友達と会うことになっている。迷ったけど、行くことにする。友達が夢みたいに変なことを言わないか気になって緊張でガチガチになるけど、友達は「何緊張してんのあはは」と私をからかう。徐々に緊張もほぐれ、それとなく「見ないで丸を書き続ける」方法について聞いてみると、

「あーあれ流行ってるよねえ。妹も使ってるってー」

 と何でもないことみたいに言うし、会計を済ませても他の客は普通にご飯を食べているし、その後も何事もなく家に帰れる。

 良かった。

 ベッドの上で手のひらを見つめる。

 便利だけどこれは自然な形じゃない。

 眠れなくなるかもしれないけど、もうやめよう。

 何かに頼ろうとすること自体がストレスになっているのだ。眠れなくても、それでいいじゃない、と私は思う。布団に入り、瞼を閉じると肩を叩かれる。目の前には友達が心配そうな顔をして私を見つめている。

「大丈夫? 急に寝ちゃったんだよ? 疲れてるの?」

 友達と約束した店に私はいる。

 声が出ない。

「ねえ? 大丈夫?」

 私は辛うじて言う。

「……大丈夫だよ」

「よかった~心配したんだよ」と友達が言うのを聞くけど、この友達らしきものがいつまで私の友達をしているのだろうと想像するだけで鳥肌が立つし、客も店員も店の内装も視界に映る全てが怖い。

 瞼を閉じたいけどそれすら怖い。

 私はどこにいるのだろう?



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