まな板
生まれてから一度も料理をしたことがなかったんだけど、料理人の彼氏ができて、彼氏の手料理があまりにも美味しいものだから、私は包丁を握って、とりあえずみじん切りでしょ、とざくざくキャベツを切ってたら指を切断してしまう。親指を。
猫の手とかあったなあ、と今さら思い出すけど、左手の親指は第一関節ちょうどで切れちゃってて、まな板の上にキャベツと一緒に乗っている。
え、グロ。
最初は何ともなかったんだけど、指が一本足りない左手とまな板の上に食材みたいに乗っている指を交互に見ているうちに、すごく痛くなってくる。「痛い! 痛い!」ってわあわあ騒ぐうちに私は失神する。でも次に起きると親指が生えている。
トカゲか!
と一瞬自分に突っ込む。だけど茶化している場合じゃない。指はまな板に乗っているままで、私の指が切断されたという事実は依然として残っている。私は自分の指を持って病院へ行く。「指切っちゃったんです繋げてください」という私に外科の医者は言う。「でもあなた指あるじゃない? え、何これ本物? ちょっとやめてくださいよいたずらなんて」とお叱りを受けるから説明してもなお、「指生えた? あのね、指なんて生えないから。ここ病院だからね、もう馬鹿なことはしないでほしいんだけど」
と言われ、医者に病院を追い出されて家に帰る。お金はもちろんとられる。
すごい理不尽を受けた気分だったから彼氏に電話する。そこでも「指切った? え! 大丈夫!? 病院行った? え? 指は生えてる? ……ごめんちょっと意味わからん」
とか言われて引かれる。
本当なのに。
本当のことなのに。
納得できない私はまな板に左の親指を乗せる。顔を近づけ、よく見る。間違いなく私の指だ。爪のへこみ方とかしわの形とか一緒のはずだ。
指が生えたってことを医者にも彼氏にも信じさせてやりたい。
包丁をすっと構えると、すぐ冷や汗が出てきてふらふらしてくる。でもやる。躊躇する方がやばそうだから思い切り包丁を振り下ろす。親指が断ち切られ、私の体から離れる。
ちょこんとまな板に乗っている親指を見ると力が抜ける。床に転がる。
どくどくと親指の部分が脈打っている。熱い。
早く生えてこいと思うけど、生える気配はない。
嘘でしょ? さっき生えたじゃん。詐欺じゃん。自分の指に嘘吐かれた? ありえないありえない……と痛みでごろごろ転がっていると一時間かけて指が生えてくる。思えば初めの切断では失神していたんだった。時間かければきちんと生えるじゃん。ほっとして親指を胸に抱く。
私が正しかった。
それを確信したから彼氏や医者に信じさせる気もなくなる。あれは嘘ということにして謝ってうやむやにする。指が生えるなんてキモいし普通じゃないし、わざわざ広める必要もない。
ちなみに料理はやめました。
私は食べる専門でいいです。
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