洞穴
僕は怖いのが嫌いで肝試しなんて絶対嫌なのに、君が行こうと言うから、行くしかなくなる。君は僕が怖がる顔を見るのが大好きで、一緒にいるときはいつも怖い話ばっかりするし、今回のもその延長上だ。でも君が僕を見て楽しそうに笑っているだけで、僕は怖い思いをしても良い気になる。それくらい君の笑顔は素敵で価値がある。
夜。君を自転車の後ろに乗せ、山道を登る。結構な長さがあるけど君は軽いし大丈夫。
十分かけ、目あての洞穴に到着する。地元の人なら誰でも知っているような場所で、生い茂っているコケや野草の真ん中にぽっかり空いた黒い穴はいかにもだ。実を言うと僕は以前、仲間に無理やり連れてこられて、ここに入ったことがあるのだけど、君には言わない。「じゃあ場所変えよ」と言われても困るし、そもそも一度来ても怖いものは怖い。
君は機嫌が良さそうで、僕はちゃんと怖がれていることにほっとする。
結構しつこいところが君にはあって、自分が思い通りにしたいことは絶対やりとげるし傍若無人とさえ言えるのだ君は……。
「順番どうする?」
僕が言うと君は「私が先行くね」とスマホ片手に洞穴に足を踏み入れる。
てっきり僕が先だと思っていたので驚く。一人で怖がっている僕をたっぷり待たせ、散々焦らすのが君だ。
「だっていつもと同じじゃつまらないよね?」
君は振り返り、僕に手を振る。
「私を助けに来てね」
とニッと笑い、洞穴の奥に歩を進める。スマホのライトが君の周囲を照らしている。
僕はため息を吐く。誰かに助けられるなんて君の柄じゃない。君って無敵なのだ。
でも、と思う。
君が僕をほんの少しでも頼りにしているのだったら嬉しい。綺麗で頭も良くて怖いもの知らずで、僕の持っていないものを全部持っている君がそう思ってくれていたら、それだけで生きていくよすがになる。大袈裟じゃなくて。
君の姿が暗闇に消え、僕は少し待つことにする。この洞穴は途中で行き止まりだから、君が言ったみたいに助けにいく機会なんてないだろうけど、普段僕がされている意趣返しで、少し、じゃなくて三十分くらいは焦らしても良いかもしれない。
しかし一人で洞穴の前に立っていると、僕の方が怖くなる。もう入ってしまおうかと思う。その時スマホが音を鳴らす。君だ。
「助けて」
君の声は弱弱しく震えている。
「どうしたの!?」
聞いたことがない声を聞いて僕は大声を出している。
「早く……助けに来て……早く」
「今行く! 助けるから!」
と言い、僕は洞穴に入る。走り出す。
何が起こった?
君を脅かすものなんてないはずだ。しかもこの洞穴は一本道だから道に迷いようもないのだ。だとすれば君のいたずらか? そんな考えも浮かんでちょっと笑みが顔に浮かびかけると、壁が僕の目の前にある。行き止まりだ。
君はいない。
「……どこなの? 怖いよ……」
君の声がスマホから聞こえる。周りを見渡すが、君が隠れることのできるスペースはない。行き止まりの壁にも触れてみるけど、何もない。
「どこいるの!? 今!?」
「……洞穴……出られないの……入って少し進んで、振り返ったら出口が消えて道になってて、ずっと歩いてるの……」
「行き止まりは!? 壁についた!?」
「わかんないよ……両方道なの……行き止まりなんてないよ……」
君の声が聞こえている間、僕は洞穴を手当たり次第に探すけど、手掛かりは見つからない。元々そんなに広い洞穴でもない。すぐに端から端まで調べてしまえたのに、君はいない。
「……ねえ……私、ここから出られないのかな……?」
「……そんなことない! 絶対助けるから!」
「ここ真っ暗なの……スマホの明かりしかないの……どうしよう……もう充電切れちゃう」
僕は「助ける」という言葉を言えなくなる。
君は叫び出す。
「怖い怖い怖いよ! こんなとこで一人にしないで! 絶対助けに来てね!」
「……うん」
それから君は疲れたみたいで声も小さくなる。僕との思い出を話したり、両親に伝えたいことややりたかったこと、後悔したことを告げる。僕は相槌を入れながら君が言い残したいこと全てをスマホから聞く。
そして君が「私」と言うと通話が切れる。
僕は事情を警察に話して君を探しにいく。捜索隊が組まれる。霊能者にも頼る。使えるものは何にでも。しかし、君はどこにもいない。
今でも君を探している。
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