虫の目
なーんか視線を感じるとコバエが飛んでいて、プーンと鬱陶しかったので叩き潰した。その日はウキウキで大学に行けたんだけど、帰ってきたらまた飛んでいた。許せん。
けど怒りの気持ちがある時に限って物事はうまくいかないもので、コバエを潰そうとしても私の手は空を切るばかりで朝みたいにすんなり潰せずに夜中の二時までコバエと格闘して、それでも潰せないから疲れ果てて寝る。すると夢の中でも私はコバエと格闘していて攻撃が当たらないあまり、現実でも体が動いていたみたいでバン! と音がして眼を覚ますと手のひらを床に叩きつけている。見ると手のひらで件のコバエが潰れていてラッキーと思う。
決着は付いた。
付いてなかった。大学から帰ってきたら、またまたぷーんと飛んでる。
まあ潰す。
でも翌日になるとまたまたまたぷーんとしている。
何だ?
コバエの弔い合戦か?
飛び続けているコバエを見て、私は思う。
さすがの私もこれにはちゃんと掃除しようって気分になる。
そこら辺に散らばっているごみをまとめ、水場も綺麗にする。窓もほこりだらけだったからぞうきんを買ってきて拭いて、換気もする。最後に集まったゴミをビニール袋に入れて外に出す。コバエ取りも置いておく。ピカピカになった部屋の中でやりきった……と達成感で一人でうなずき、次の日帰ってくるとコバエの視線を感じる。
うーん、引っ越そ。
ということで親に無理言って引っ越す。せっかくだから前よりも大学に近い場所にして、おかげで睡眠時間も増えるしもちろんコバエなんて出ないし良いことづくめだ。
それで私の部屋は学校に近いから、まるでたまり場みたいになって毎日友達が遊びにきてわいわいやる。わいわいやってるといつの間にか彼氏ができている。
もやしみたいにひょろひょろしているけど、良き顔の彼氏だ。歌も上手い。
で彼氏に引っ越した経緯について話すと、
「死体でも隣にあったんじゃない?」
と彼氏が言うけど私もそう思う。いや、死体があるなしじゃなくて、隣の部屋に原因があったってこと。いくら私がずぼらでもこうも毎日出たのはおかしい。
まあこんなのは笑い話にしかならない。
彼氏も私の部屋にほとんどいるようになって半分同棲しているみたいになる。いちゃいちゃは加速して普通に歩いているときでもいちゃいちゃするから歩いているだけでも楽しい。で友達が帰った後、いつものように良き顔の彼氏とくっつきながら映画を観てたら良き雰囲気になったので、お互い見つめ合うと背後から視線を感じる。
「ちょっと待って」
と言って私はコバエを潰してから、彼氏の元に戻る。
次の日からまたコバエが出るようになる。
数も増えて、彼氏とか友達とか呼んでも必ずといって良いくらいコバエを潰すことになるから「掃除ちゃんとしたら?」とか苦笑いで言われるし、友達もすぐに帰ってしまうようになる。
コバエが出る家なんて私だって嫌だから引っ越すと、引っ越した先でもまた出るからまたまた引っ越すと、彼氏が私のことをおかしい人扱いして振られるけど、まああんなの顔だけだし別にいい。
その頃わかったのはコバエが家に出るんじゃなくて、コバエは私を追ってやって来ているということ。講義中でも背中に視線を感じるし、歩いているときにも横に飛んでる。
ずっと見られている。
理由?
そんなのわからない。
コバエに付きまとわれる理由なんて私にはない。
私が最初にコバエを潰したことが原因なわけもなくて、一寸の虫にも五分の魂というけどもコバエに報復感情なんてあるはずないし、あったとしても私を見るだけで終わらせないだろうから、やっぱりコバエは私を単に見ているだけなんだろう。
いっそ私を恨んでいてくれたら良いのに。
嬉しい時も悲しい時もずっとコバエが私を見てくるから、どの感情にも浸れない。見られているのを意識してしまう。コバエは増えて増えて増えて集まり、黒い塊になって私を見続ける。
どうか私を見ないでください。
と毎日頼んでるけどやめてくれない。
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