募金
下を向いて歩くのが癖になっていて、それは昔、外国人に道を聞かれたのに上手く答えられなくて泣き出してしまったのが原因だろうけど、そもそもそんなことがなくたって、俺は人と関わりたくない。だからいつも通り下を向いていたのに、「恵まれぬ鳥たちに救いの手を」とか素っ頓狂な声が聞こえたのでつい顔を上げてしまう。
がりがりの骨みたいなおばさんが募金箱を持って立っている。しまったと思ったときにはもう遅くて、おばさんと目が合い、「お願いしまぁす」と言われる。
こうなってしまうともう駄目で、俺は人と関わりたくないのに中途半端な正義感を持っているので、かけられた声には返事をしなければって気分になるし、中途半端な優しさも持っているから笑顔で財布を出している。
「いくらくらいでしょうか」
「ほんのお気持ちで十分ですありがとうございますありがとうございます」
と言うおばさんにうんざりする。
一円でも入れてやろうかと思うが、その程度の意地悪さえ俺にはできない。俺は千円札を摘んでいる。おばさんにこんな金もったいないのに。
いやもしかしたらまともなことに使うのかもしれないと思って、俺は
「このお金ってどう使うんですか? 絶滅危惧種とか保護するんですか?」
と問うとおばさんは「恵まれぬ鳥たちにですありがとうございますありがとうございます」と言ってへこへこ礼をする。
その時俺は気づく。
おばさんの頭上にあるケーブルにカラスとか雀とか、その他名前も知らないような鳥とかがたくさん留まっている。このおばさんは鳥に餌付けしている頭のおかしい人なんだと俺は今さら知る。
そんなおばさんに関わってしまったのが恥ずかしい。
一刻も早く立ち去りたい。
この界隈にはもう来ないようにしようと心に決め、俺はサッと千円札を募金箱に差し込み踵を返す。すると背後から「ありがとうございますこれで恵まれぬ鳥がまた一羽救われます」と声がして、俺の視点が高くなり、俺は俺の体を見下ろしている。
何だ?
と思うと俺の体はそのまま勝手に歩き出している。
追いかけようと足を動かしたつもりなのに、俺が動かしたのは足じゃなくて羽で、気が付くと俺は空を飛んでいる。
鳥は俺に。
俺は鳥に。
元に戻せと俺は叫ぶが鳥の声は誰もわからないし、おばさんがいた場所には木の葉が落ちているだけだ。
俺は人混みに消えていく俺の体を黙って睨みつける。
望まぬ人助けなんてやった馬鹿な自分を殺してやりたい。自分で自分の首を絞めた大馬鹿野郎を。
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