断罪

「………………は?」






 突然の行動に声がハモった。




 特に目の前にいたミリーは分かりやすくあたふたしている。




 はわはわと視線を彷徨わせて、助けを求めるみたいにこっちを見てくる。




 けど私だって何が何だか分からない。




 ウェルズリーはそんな周りの動揺を無視して口を開く。






「これまでの非礼の数々、深くお詫び申し上げます。ミリアリア=エイベル卿。ただ平民であるという理由で私は貴殿を侮り、貴殿の過去を利用した。貴族としても騎士としても恥ずべき行いだった。許されるとは思っていないが、それでも謝罪させてほしい……申し訳なかった」




「え? ……えっと」






「なるほど、敗北の代償か。そういえばあの坊主はお前に謝罪を要求していたな、ウェルズリー」






 一人冷静に状況を俯瞰していたキースが声をかける。






「だがその言葉は本当にお前の本心なのか? 身に染みついた価値観ってのはそう簡単に変わるモンじゃねえだろ。決闘に敗けたから嫌々頭を下げてるだけじゃねえのか?」




「……そうですね。貴族が平民よりも優れているという認識は今でも変わりません。けど平民にも牙を持ち、立ち上がり、咬みつく気概を持つ者もいる。それは、分かりましたから」






 ウェルズリーは腫れあがった頬を擦る。




 平民を下等と嘲り、侮辱したその代価。






 キースは不機嫌そうに、ちっ、と舌打ちする。






「馬鹿が。たかが一回敗けたくらいで物分かりが良くなりやがって。エイベルに何度もぶちのめされておきながら何も変わらなかったくせによ」




「あの少年だったから……というのが自分の中では大きかったのだと思います。指導をしてやるなど思い上がりでした。まさか自分より一回りも歳下の少年に敗けるなんて思わなかった。あの一撃で自分の価値観は粉々に壊された。見事な一撃でした」




「……お前が望むなら弁護ぐらいはしてやるが?」




「不要です。自分は敗けました。騎士として、これ以上無様を晒す気はありません」








「――話は済んだな」








 鋭いアルトボイスが空気を断ち切る。








 ウェルズリーは立ち上がると、セリアへと向き直った。




 まるで沙汰を待つ罪人みたいだ……いや、実際そんな感じなのか。






 セリアはウェルズリーを睨みつけたまま、低くキースに問いかけた。






「ヴァイルシュタイン卿。一応確認するが、こいつの処遇は私が決めていいんだな?」




「……好きにしろ」






「ちょっ、ちょっと待ってください、アークレイ市長! ウェルズリーをどうするつもりですか⁉」






 セリアとウェルズリーの間にミリーが割って入る。




 セリアはそれをつまらなげに眺めて肩を竦めてみせた。






「どうするも何も殺すつもりだが? 君のことはアウローラから聞いてるよ。ミリアリア=エイベル騎士。君だってソイツには散々迷惑をかけられてきたんじゃないのか?」




「……だからと言って殺すほどのものではありません。貴女は、ただ気に入らないからという理由で彼を殺すというのですか?」




「殺すよ。私は私の身内を傷つける者を赦さない。報いは必ず受けさせる。悪いけど、それを邪魔するというなら君でも容赦はしない」




「っ、アークレイ市長ッ!」






「――面倒だ。フェリ、黙らせろ」






 セリアが命じた次の瞬間、ミリーの身体が壁に叩きつけられた。






「――がっ⁉」




「失礼。どうかお静かに」






 ミリーは拘束を解こうと藻掻くが、フェリシアの身体はビクともしない。






 フェリシアはセリアの優秀な侍女で護衛だ。




 華奢な身体に不釣り合いな高質の青色魔力。




 その総量は現役の騎士であるミリーを上回っている。




 今のミリーではフェリシアを撥ね退けるのは難しいだろう。






「……ッ、団長! 止めてくださいっ‼ 騎士は国民を守るための剣であり盾です! ここでウェルズリーを殺せばその盾を一枚失うことになります! 失うならば戦いの中であるべきです! ここで殺されるのは間違っています!」






 ミリーはキースに必死に訴えかける。




 けれどキースはその言葉に動かされることはなく、緩く首を振るだけだった。






「そうだな。だが、代わりにアークレイ市長の怒りを治めることはできるかもしれねえ。ここでアークレイ市長と完全に決裂してしまえばあの坊主を引き入れる道も閉ざされる。それを回避できるなら、ソイツ一人の命ぐらい安い代償だ」






 あまりにも冷たい物言いにミリーは言葉を失う。




 セリアは、ふん、と鼻を鳴らして。






「――ああ。あの子を引き入れる代価にはまるで足りないが、とりあえず第十七師団アンタたちへの怒りはコイツの命で治めてやる」




「感謝する……そういうことだ、エイベル。諦めろ」




「団長!」






 話は終わりとばかりにセリアはミリーから視線を外して、懐から拳銃を取り出す。




 グリップ部分にアークレイ家の家紋である青い薔薇が刻印された銀色の短銃。






 セリアはそれをウェルズリーに向けると、何の躊躇なくその両脚を撃ち抜いた。








「――――⁉ ぐあ、あああああああああああああああッ⁉︎」








 室内に轟く絶叫。




 いくら威力の低い短銃とはいえ、魔力を纏っていない無防備な状態であれほどの至近距離から撃たれたら人間の脚ぐらい簡単に抜けるだろう。






「騎士として、高潔なままに死ねると思ったか? 言ったはずだぞ。私は私の身内を傷つける者を赦さない……お前は私にとってのタブーを犯した。その時点で、楽に殺してやる選択肢なんて私にはないんだよ」






 転げ回るウェルズリーにセリアは再び銃口を構え直す。






「そもそもさ。お前は自分が死ねばすべてが丸く収まると思っているのか? おめでたい頭だな。言っておくが、お前が死んだら私はお前の生家にこの件の落とし前をつけさせるぞ? 当然だよな? 子の責任はそれを育てた親にもある。こんなボンクラを送り出し、私の庭で好き勝手させた愚物どもにはそれなりの報いを受けてもらわないとなぁ?」




「な、馬鹿な――ふざけるなッ⁉ あの少年を傷つけたのは俺だ! 家は関係ない! 俺が死ねばそれでいいだろうッ⁉」




「いいわけあるか、この阿呆が。お前如きの死があの子の痛みと釣り合うと思ってるのか? 己惚れるなよ、クソガキ。お前の命にそれほどの価値なんざない。足りない分は他から取り立てるに決まってるだろうが」






 眼を剥き、必死の形相で叫ぶウェルズリーをセリアはただ冷徹の眼差しで見下ろす。




 その眼光を受けて、ウェルズリーの表情が青褪めていく。




 彼の両脚からは今も止めどなく血が溢れ出している。




 このまま放っておけば失血死するだろう。






 けれど、ウェルズリーはそんな状態を意に介さずに、床に額を擦りつけて懇願した。






「……頼む。私だけにしてくれ。命で足りないというなら一生をかけて償う。どんな命令にも従う。だから、どうか……ッ!」




「……そこのお嬢さんが哀れだよ。何度もお前を諫めただろうに、結局その全てが徒労だった。また一つ、仲間を守れなかったという負い目を背負うことになる」






 セリアが引き金を引き絞った。




 次の瞬間には弾丸がウェルズリーの頭を撃ち抜くだろう。




 ミリーが何かを叫んでいる。




 キースは事の成り行きを見守っている。






 私はただぼんやりとその光景を眺めていた。






 良く知らない他人が生きようが死のうがどうでもいい。




 二、三日もすればきっとコイツの顔も思い出せなくなるだろう。












 でも。




 ああ、きっと。






 あの子は―――そうは思わないんだろうな。










「―――――」








 刹那に響く、乾いた銃声。




 過たぬはずだったその弾丸は、ウェルズリーの頭を撃ち抜くことなく、数センチ横の床を貫いていた。






「……何の真似だ、アウローラ」






 私が掴んだ腕をそのままに、セリアは低く抑えた問いかける。




 私を睨むその眼は、煮えたぎるような怒りが宿っていた。






「別に。価値がないなら殺すことに意味はないと思っただけ。落ち込んだミリーを慰めるのもちょっと面倒そうだし」




「つまり彼女への同情が理由だと? そんなあやふやな理由で私が納得すると思ってるのか?」




「思ってないよ。でも、セリア。大事なことを忘れている。この決闘を始めたのはアイツだ。なのに






 怒りに満ちていたセリアの瞳が、虚を突かれたように丸くなった。






「ここでコイツを殺して、アイツに何て説明するつもりだ。自分のせいでアンタがコイツを殺したと知ったら、アイツは傷つくんじゃないか?」




「……ソラ君には、そこのお嬢さんに謝罪した後、別の支部に異動になったと説明するさ。口裏を合わせればあの子にそれを確かめる術なんてない」




「本気で言ってるのか? アイツは子供だけど、そんな雑な言い訳で納得するほど脳内お花畑じゃないだろう」




「…………」






 私が止めるのはセリアの言う通り、たぶん同情……なんだと思う。




 ただそれは、這いつくばってるウェルズリーに、じゃない。




 戦ったのはあの子で、決闘に勝ったのもあの子だ。






 なのに、あの子のいないところで勝手に全部を終わらせるのは……あんまりだろう。








「……フェリ。どう思う?」






 セリアは振り返らずにフェリシアに問いかける。




 フェリシアは思案するように少しだけ目を閉じて。






「そうですね。ここでその方を始末しても対外的には問題はないかと思われます。ヴァイルシュタイン様が黙認されている以上、エイベル様お一人が多少騒ぎたてたところでさして変りはないでしょう。その後ウェルズリー家を潰すのもアークレイ家の力を以てすれば容易いこと。私個人としてもソラ様には好意を抱いておりますので、それを傷つけたその方には相応の報いを受けて頂きたいものです……けれど、それはあくまで私個人の感情であって、ソラ様のご意志ではありません。あの方は優しいから。アウローラ様の仰る通り、ソラ様がこの結末に納得されることはない思います」






「……そうか。そうだよな」






 セリアは内圧を下げるように、ふー……と長く息を吐く。




 それから懐に短銃を仕舞った。






「命拾いしたな、クソガキ。あの子に免じて今回だけは見逃してやる。今度私の視界でふざけた真似したら容赦なくその頭をぶち抜いてやるぞ」






 そう言って、セリアはあっさりと踵を返す。




 フェリシアはミリーの拘束を解くと、音も無くセリアに付き従った。






 部屋を出る直前、私に振り返ると。






「アウローラ。今回の件、お前の不手際でもあるからな。私はお前にあの子をあらゆるものから守れと依頼したはずだぞ。言っておくが――次はないからな?」








 最後にそんな言葉を残して、セリアとフェリシアは部屋を出ていった。








「……ああ、覚えておくよ」






 誰にともなく呟く。












 こうして、私にとっても、ソラにとっても長い一日はようやく終わりを告げた。
























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