英雄の資質

「――それで? 何か申し開きはありますか、ヴァイルシュタイン卿」






 ひどく冷たい視線でセリアは執務用の机に腰かけているキースを見下ろす。






 夕暮れの団長室。




 今、この場には私とミリー、キース。それと事情を聞いて駆けつけたセリアとフェリシアの姿があった。




 問いかけられたキースは軽い調子で肩を竦めてみせる。






「おいおい、まるで俺が悪者のような言い草だな、セリアの嬢ちゃんよ。言っとくが、別に俺があの坊主を無理矢理決闘の場に立たせたわけじゃねえぞ? そこらへんの誤解を詳しく―――」






 ドシンッ! と、重い破砕音が室内に轟く。




 セリアの拳が目の前の机に叩きつけられた音だ。




 叩きつけられた高級そうな机は天板がひしゃげ、一瞬でガラクタと化した。






「……一応、この机一つでこの街の市民の平均年収と同じぐらいするんだがな」






 机を眺めてキースがぼやく。




 セリアはそれを無視して懐から取り出した煙草を咥える。




 と、音も無く近づいたフェリシアがそれに火をつけた。




 というか、普段から無表情で解りづらいけど、こころなしかフェリシアの機嫌も悪そう……もしかしなくともセリアと同じように怒ってる……?






 セリアは苛立たしげに、ふー、と紫煙を吐き出す。






「ヴァイルシュタイン卿。言うまでもなく、貴殿は人魔大戦の英雄の一人だ。私はそのことに対して少なからぬ敬意を抱いているし、この都市を運営していく上でも頼もしいビジネスパートナーだと思っている……その上で言わせて頂こう」






 ぐいっ、とセリアの手がキースの胸倉を掴み上げた。






「舐めているのか、クソジジイ? 事情はすべて聞いている。貴族主義の馬鹿が突然絡んできたこと。アンタがそれを煽って決闘にまで発展させたこと。そして、そのせいで……ッ」






 剥き出しとなった怒気が室内の空気を重くした。




 セリアは敵には容赦はしないけど、身内には過保護とも言えるぐらいに甘い。




 一歩間違えれば死んでいてもおかしくなかった事態にセリアは激怒していた。






「そもそもの原因はアンタが騎士団内の不和を解消しなかったからだろうが。この支部の頭はアンタだ。平民を重用しようが、貴族を蔑ろにしようがアンタの好きにすればいいさ……だがな、それは組織の運営が滞りなく行われることを前提とした上での話だ……よくもアンタらのクソ下らん内輪揉めに私の身内を巻き込んでくれたな――売られた喧嘩は買う主義だ。お望みなら戦争でも何でもしてやろうか? ああ⁉︎」






 鼻先が触れそうな至近距離でセリアがキースを睨みつける。




 ぶわりとセリアの身体から青色の魔力が滲む。




 余りにも激しい感情に制御を失った魔力が溢れ出たようだった。




 ほんの一瞬、ほんの僅かな量ではあったけど、濃密なその魔力は現役の騎士であるミリーさえも心胆寒からしめるものがあった。






 言われた当のキースは普段の笑みを潜め、セリアの藍色の瞳を真っ向から見つめる。






「……騎士団ウチのゴタゴタにお前さんの身内を巻き込んだのはすまなかった」






 胸倉を掴まれたまま、キースは真摯に謝罪の言葉を口にする。






「お前さんの言う通り、騎士団内の不和を未だ解消できていのは俺の責任だ。そのことも含めて重ねて詫びよう。だが誓って言うが、俺はあの坊主を悪戯に傷つけたかったわけじゃない。俺はただ確かめたかっただけだ」




「何を」




「あの坊主の、英雄としての資質を」






 巌のような声でキースはそう応じる。






「なぜ今更英雄を求める。人魔大戦は終わった。アンタたちが終わらせた」




「終わっちゃいねえさ。確かに魔王は死に、災害級ハザードも全盛期の三分の一にまで減った。だが、こちらも聖王陛下を始め、多くの英雄を失った。戦後から十年経っても未だ局地的な魔獣の被害は後を絶えず、聖王国の戦力も大戦によって七割を損耗したままだ。このままではいずれ人類は劣勢に追い込まれる」




「玉座は次の……今代の女王陛下に引き継がれた。アンタは今の陛下の方針に不服があるのか?」




「……不服はない。女王陛下の采配は実に合理的だ。だが、あまりにも合理的に過ぎる。あの方は人を能力でしか判断しない。命を数字でしか見ない。駄目なんだ、それでは。国家を運営することは出来ても、あの方では世界を救うことは絶対に出来ない」




「…………」




「このままでは駄目だ。これでは守れない。辿りつけない。俺たちが、聖王が目指した世界に。そのためには必要なんだ。一人でも多くの、若く、強い、新しい英雄が」






 セリアの厳しい視線を真っ向見返してキースは言う。






「あの坊主を騎士団おれにくれ、アークレイ殿。代価が必要というならどんなモノでも支払ってやる。あの坊主はいずれ必ず英雄となる」




「……アンタはそれを確かめるために、あの子を決闘の場に立たせたのか。その結果、あの子が死のうとも、それはあの子の自己責任であって、自分には関係ないと?」




「責任の取り方くらいは心得てるさ。気に食わねえようならあの坊主と同じ目に合わせてくれて構わねえ。だが仮にあの決闘で命を落としていたとしても、それはあの坊主が所詮その程度の器でしかなかったってことだ」




「――おまえ」






 藍色の双眸が収縮した。




 セリアの後ろに控えていたフェリシアもキースの発言に表情を険しくする。






 セリアは拳を握り、キースを殴り飛ばそうと振りかぶる。






 それを遮るように外から扉をノックする音が響いた。






「……?」






 部屋の隅で待機していたミリアリアが迷うようにキースを仰ぎ見る。




 キースが顎をしゃくると、ミリーは扉へと移動しドアノブを回す。




 それから驚きの声を上げた。






「なっ、ウェルズリー⁉」






 室内に入ってきたのははオレンジ色の髪を逆立たせた若い騎士だった。




 腫れあがった頬にはシップが貼ってある。






 ミリーの言葉ににセリアは目を眇めた。






「ウェルズリーだって? フェリ、そいつは確か―――」




「ええ。アラン=ローヌ=ウェルズリー騎士。第六小隊の隊員にして、ウェルズリー男爵家の三男。そして、今回のソラ様の決闘相手です」






 セリアの質問に淀みなくフェリシアが答える。






「そうか、お前か。私の身内にちょっかいを出した騎士っていうのは。君には後で会いに行く予定だったし、手間が省けて丁度よかったよ」






 セリアはキースの襟首から手を放してウェルズリーへと向き直った。






 藍色の髪に怜悧な美貌。




 セリアの素性を即座に察したウェルズリーが左胸に右拳を当て、踵を揃えた。






「お初にお目にかかります、アークレイ市長。私は―――」






 開いた口はそれ以上の言葉を紡げなかった。




 セリアが指で弾いた煙草が高速でウェルズリーの頬を霞め、ナイフのように背後の壁に深々と突き刺さる。




 煙草を覆う青色の魔力の残滓が陽炎のように揺らめいた。






「……ッ⁉」






 ウェルズリーの頬のシップがはらりと剥がれ、一筋の血が流れた。






 セリアは底冷えのする声で語り掛ける。






「おい、誰が発言を許可した? 私は今猛烈に機嫌が悪い。どれぐらい悪いかというと、今すぐこの場でお前を殴り殺したいほどに。お前の返答次第では私はそれを実行するだろう。それを踏まえた上で質問してやる――何しに来た?」






 極寒の眼差しでセリアはウェルズリーを睨みつける。




 脅しではない……かな。




 室内に充満した殺気がそれを物語っている。




 もはや質量さえ感じさせる殺意の波に晒されてウェルズリーの顔面が蒼白となる。




 汗が滝のように流れ出て、呼吸が荒くなっていく。






 だが、それでもウェルズリーは後退りはしなかった。




 恐怖を飲み込むように、ごくり、と喉を鳴らして。






「……恐れながら、ここへは敗北の代償を支払いに参りました。ただし、それはアークレイ市長……貴殿にではありません」




「あ?」






 ウェルズリーがくるりと踵を返す。




 つかつかと歩いていき、ミリーの前で止まる。










 そして、ウェルズリーはそのままミリーに跪き、深々と頭を下げた。


















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