急襲

  エレベーターで最上階まで上がると、私とソラはミリーに先導される形で広々とした廊下を歩いていく。








 途中で支部の職員らしき二人組とすれ違ったけど、二人はミリーに会釈をしながら物珍し気にこちらを眺めつつ通り過ぎていった。








「ミリーさん。今の人たち、魔術士じゃないですよね?」








 ソラはすれ違った二人の後ろ姿を眺める。




 魔術士特有の空気というか、雰囲気のようなものを感じなかったのだろう。




 さっきもそうだけど、やっぱりこの子は魔力を探ることに長けているみたいだ。








 歩きながらミリーは答える。








「別に騎士団支部って言っても、全員が全員魔術士なわけじゃないわ。これだけ大規模な施設となると、設備の点検やら整備やら諸々の業務だって発生するし、事務専属の職員だっているからね」




「それもそっか。でもなんであの人たち、あんなに珍しそうにこっちを見てたのかな?」




「それは単に私服姿の貴方たちが珍しかっただけじゃないかしら。基本的に三階から上は騎士団員や施設職員以外は立ち入り禁止になっているからね」




「ふぅん……ところで、僕たちこれからここの団長さんのところに行くんですよね? ここに来る人たちってみんなその人に挨拶に行くんですか?」








 ソラがそう訊ねると、ミリーは複雑そうな表情を浮かべた。








「……いえ、必ずしもそういうわけじゃないわ。というか、むしろ団長がわざわざ会おうとすること自体が珍しいわね。私も急な話だったから詳しくは聞いてないけど、なんだかアウローラに会いたがってるような口ぶりだったわ」








「アウローラに? ひょっとして、アウローラとその人って知り合いなの?」








 ソラがこちらに視線を向けてくる。




 ちょっと面倒くさく溜息。








「まあ、知り合いと言えば知り合いだな。昔、私がまだ騎士だった頃に少しだけ世話になったことがある。何年か前にここの団長に就任したっていう話は聞いてたけど、実際に会うのは十年ぶりだな」




「えっ、同じ街にいて十年も会ってなかったの? もしかして、その人と仲が悪かったとか?」




「向こうがどう思ってるか知らないけど、私は正直苦手なタイプだな。そうでなくてもこっちは傭兵もどきで向こうは騎士団長だ。機会なんてそうそうないし、わざわざ会いに行く理由もなかったから」








 まあ、仮に機会があったとしても、私は多分適当な理由をつけて会おうとはしなかっただろうけど。






「「…………」」






「……なんだ、お前ら。その目は?」








 心なしかソラとミリーの視線が呆れたものに変わっている。








「べっつにー? ただ貴女ってホント、人付き合いが絶望的に下手くそだなって思っただけよ」




「ミリーさんに同意。じゃあさ、苦手って言うけど、アウローラから見てその団長さんて、どんな人なの?」








 ソラが切り口を変えるように質問をしてくる。




 上を向いて、記憶の片隅にある件の団長の印象を思い出した。








「どんなって……まあ一言で言えば、色々と豪快な人だったな。確か地方貴族の出身って言ってたけど、貴族とは思えないぐらい粗野で暴力的なオッサンで。あとは……」




「あとは?」




「強い人だったよ……英雄と呼ばれるのに相応しいくらい」








 力や技ではなく、自らの信念を貫き通すその在り方が。




 迷ってばかりの私と違って。












 そんな会話を続けていると、いつの間にか私たちはその部屋に辿り着いていた。








 頑丈そうな木製の扉に、『第十七師団団長室』と掲げられたプレート。




 ゴンゴン、とミリーがその扉をノックする。








「失礼いたします、団長。第六分隊小隊長ミリアリア=エイベルです。客人をお連れ致しました」








「――入れ」








「はっ……二人とも、行きましょう」








 中から低くしわがれた声が返ってくると、私たちはミリーを先頭に入室する。








 そして、
















「ぬうううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」
















 突如、部屋の奥から一匹の黒い影が雄叫びを上げながらこちらに突っ込んできた。








「――なっ⁉」




「アウローラッ⁉」








 驚愕は二人分。






 相手の狙いは私だった。




 黒い影は巨大な戦斧をこちらに向かって一息に振り下ろす。








 私は咄嗟の判断で腰の鞘から短剣を引き抜き、それを受け止める。








「………ッッ‼」








 ズシンッ、と全身にとんでもなく重い衝圧が伝わってくる。




 衝圧はそのまま私たちを中心に、ぶわりっ、と一気に広がり、辺りの書類や小物を吹き飛ばした。








「――かかっ!」








 相手は攻撃が受け止められたことに愉しそうに哂った。




 相手は次の一手を打つべく体勢を変えようとする。けれど、相手は動かない――動・け・な・い・。








「―――ッ⁉」








 相手は眼前の私から視線を移す。








 周囲はすでに『第九の剣軍ザ・サウザンド』によって包囲されていた。






 切先はすべて相手に向けられている。




 私が号令を発すれば相手は瞬く間に全身が串刺しになるだろう。




 そして、それは相手が次の一手を打つよりも早い。








 相手もそれを悟ったのか、押し込んでいた武器の力をあっさりと緩める。








 武器の名は戦斧型魔具『バトラックス』。




 そして、それを振るうこの男を私は知っていた。








「――何の真似ですか、ヴァイルシュタイン卿」












「かかっ! 腕は鈍っちゃあいねェみたいだな〝覇軍〟。安心したぜ」
















 キース=アウグスト=ヴァイルシュタイン。












 第十七師団を束ねるその男は、まるで悪戯が成功したかのように快活な笑みを浮かべた。
















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