ソラの才能
「はあ、ここが騎士団支部か。遠くからでも見えてたけど、近くで見るとやっぱり大きいな……」
その巨大な建築物を見上げて、ソラが感心したように呟く。
今私たちの目の前にあるのは、王立騎士団東方方面軍第十七支部。
五年前、旧市街地である西区画から新市街地である東区画へと移転した際に新しく建設されたこの第十七支部は全体的に白で統一されていて、まだ真新しさを残す外壁は綺麗に磨きあげられている。
支部の屋上で誇らしげに翻る竜と剣、それと太陽が描かれたアルカディア聖王国の国旗をソラは物珍しげに見つめた。
首を上に傾け過ぎてふらついたソラの身体を溜息交じりにそっと支えてやる。
「ほら、しっかり立て。呆けてないでさっさと行くぞ。急がないと待ち合わせに遅れる」
「待ち合わせ?」
ソラが不思議そうに見上げてくる。
自分から見に来たいとせがんできたくせにあまりにも考えなしでちょっと呆れる。
「あのな、仮にも軍の施設を部外者が許可なく歩き回れるわけないだろ。出かける前に電話でセリアに相談したら、案内役を寄越すと言ってくれたんだ。こっちの都合に合わせてわざわざ時間を作ってくれてるんだ。遅れるわけにはいかないだろ」
「なるほど……て、ちょっと待ってよ、アウローラ!」
正門から建物まで伸びる一本道をスタスタ歩いていくとソラが慌ててついてくる。ソラは広大な面積のグラウンドで訓練をしている騎士たちを横目に訊ねてきた。
「でも、あれだね。騎士団て言うから、もう少し堅苦しいのをイメージしてたんだけど。なんていうか……ああいう訓練してるところ以外は建物も敷地も開放的ですごく綺麗なんだね」
「よその国だとそういうイメージのとこの方がさすがに多いよ。この国では『騎士』っていうのは魔術士の憧れで花形だから。その分予算も下りやすいし施設も充実していく。とりわけ
歩きながら、じとり、と後ろのソラを見やる。
「えっと……もしかしてアウローラ、あんまり乗り気じゃない?」
「もしかしなくてもそうだな。騎士崩れの身としてはここはいるだけで肩身が狭いし、個人的に会いたくないヤツもいる。セリアから頼まれてることだし文句を言う気はないけど、理由ぐらいは聞かせてくれるんだろうな?」
「……ごめん。どうしてもっていう理由があるわけじゃないんだ。ただ、昨日話を聞いて、『騎士』っていうのがどういう存在なのか知りたくなって。そう思ったら、ここへ来たくなったんだ」
ぼかすようにソラはそんなことを言う。
正直昨日のことはよく覚えてないけど、ミリーから騎士団での話でも聞いて興味を持ったのだろうか。
まあ、男の子が物語に出てくるような英雄や騎士に憧れるのは自然なことだとも思うけど。
私は、ふぅん、と、ひとまず納得して、そのまま長い道を歩いていく。
入口につき、ガラス製のドアを押し開いて中に入るとそこは一階と二階が吹き抜けになったエントランスフロアだった。
フロアの奥には受付用のカウンターが設置されていて、その前には丸テーブルとイスがそれぞれ複数置いてある。
休憩中なのか、何人かの騎士が談笑していた。
その穏やかな雰囲気は騎士団支部というよりも、まるで街中のカフェテリアのようだ。
待ち人を探して辺りを見回していると、ソラが、「あれ?」と足を止める。
「どうした?」
「いや、なんだか室内の空気がやけに暖かくて……なんだろ? 別に暖炉があるわけでもないのに……」
ソラが不思議そうに首を傾げる。
て、ああ。そういえばセリアのところは古いタイプの屋敷だったから、こういった〝機能〟はなかったわね。
「それは―――」
「ここの空気が暖かいのは実際に火を焚いてるからじゃないわよ、ソラ君。ここの壁や床の内側には空調用の魔術式が刻まれているの」
突然割り行ってきた声に、私たちは振り返る。
「あれ? ミリーさん?」
「おはよう、ソラ君。時間ぴったりね。アウローラも相変わらずそういうところはきっちりしてるのね」
振り返った先にいたのはミリーだった。
昨日の私服姿とは違って今は王立騎士団の騎士団服を着ていて、腰には王立騎士団の団員に一般配備される両手剣型の魔具を佩いていた。
予想通りの人物の登場に内心ちょっとほっとする。
「やっぱり案内役はミリーだったのか」
「そういうこと。ソラ君はともかくコミュ障の貴女には初対面の人間よりも私の方が気楽でいいでしょ? アークレイ市長もその辺り配慮したみたいね……まったく、ビックリしたわよ。今朝、急に呼び出されたと思ったら、貴女たちの案内役を任されることになるなんてね」
「む」
やれやれと肩を竦めるミリーにちょっとカチンときた。
「おい、勝手に決めつけるな。誰がコミュ障だ。確かに愛想はあんまりよくないかもしれないけど、私だってやるべき時にはちゃんとコミュニケーションぐらいとれる」
「あのね、愛想がよくない時点でもうすでにコミュ障なのよ。大人なんだから普段から笑顔を使い分けるくらいできるようになりなさい。どうせアークレイ市長にも普段からそんな口調と態度なんでしょう?」
「……むむ」
呆れたように言ってくるミリーに何も言い返せない。
でも、いくら雇用主と言っても相手はセリアだし。アイツもアイツでタメ口でいいって言ってるし。敬語だって使おうと思えばいつだって使えるし。初対面のあのシスターにだってちゃんと挨拶できたし。
「まーまーまー」
ソラが突き出しながら私とミリーの間に割って入る。
「とりあえずその話はあとあと。ミリーさんもなんか変な役目を押し付けちゃったみたいですみません」
「ん? ああ、別にそんなの気にしなくてもいいわよ。子供のしたいことをさせてあげるのが大人の役割なんだから。それにここだけの話、私、今結構仕事に行き詰っててね。今回のことはいい気分転換になると思うし、ぶっちゃけちょうどよかったのよ」
からからと悪戯っぽくミリーが笑う。
その表情を見て、ソラはほっとしたような笑みを浮かべた。
「それならよかった。ところでミリーさん。さっき『魔術式』がどうのって言ってたけど、それってなんのことですか?」
「あれ、知らない? ソラ君も魔術が使えるみたいだし、多少は予備知識があると思ったんだけど」
「……あー。なんていうか、僕の魔術の師匠は習うより慣れろって感じの人でさ。座学についてはあんまり教えてくれなかったんです」
たはは、とソラは頬を掻いて苦笑する。
ミリーは「ふうん?」と小首をかしげつつも、ソラの質問に答えた。
「『魔術式』っていうのはその名の通り物質に刻まれた魔術的な計算式のことを言うの。例えばアウローラが持っている短剣にもこの『魔術式』が刻まれているわ。『魔術式』は魔力を流し込むことによって特殊な効果を発揮する。当然、その効果は式によってそれぞれ異なるんだけどね。さっきも言ったけど、この中の空気が暖かいのは空調用の術式の効果。ちなみに核となっている本陣は地下にあって、このフロアや他の階の床や壁に刻まれているのはあくまで魔力を流すための回路みたいなものなのよ」
ミリーが説明すると、ソラは「へえ」と感心した声を上げる。
それからソラは探るように周囲を見た後、床に手を置き、目を閉じた。
「……? 何してるんだ、お前?」
「ちょっとね……ごめん、少し集中させて」
声をかけるも、ソラは眼を閉じたままだ。
そして―――
ビリリッ!と、突如、見えない電流のようなモノが、ソラを中心に床下を走った。
「「―――ッ⁉」」
私とミリー……いえ、このフロアにいた全員が驚きに目を見開く。
見えない電流の正体は魔力だった。
ソラから発せられた魔力は精密な機械のように正確に床下の魔力回路に沿って走っていく。
ソラの魔力量ではこの巨大な建物全体を覆うことは出来なかったみたいだけれど、少なくともこのフロアぐらいはカバー出来た。
十を数えるぐらいの時間が経った後、ソラは、うん、と得心したように目を開ける。
「なるほど。確かにフロア全体に回路を通して魔力が流れてる。でも、空調用の術式だけにしては数が多いな。一本の回路が枝分かれしている感じじゃなくて、複数の回路が走ってる。魔力の質もそれぞれ微妙に違うし……そうか。空調用の他にも別の術式が組んであるのか。三つ、いや四つかな。さすがにどんな術式なのかは解らないけど、建物のことを考えると耐震とか防火のための強化術式ってとこなのかな」
ぶつぶつと考えを纏めるようにソラは呟く。そんなソラに、私もミリーもぽかんと口を開けて驚くばかりだった。
「あれ? 二人とも、どうかした?」
ソラが呆けていた私たちに声をかけてくる。
私とミリーはなんとなくお互いに視線を交わしあう。
「いや、お前……今の魔術もあのシスターに教わったのか?」
「魔術? こんなのただ魔力を流して探っただけで別に大したことじゃないでしょ? 魔術士なら普通に出来ることだと思うけど」
事も無げに言うソラに、ミリーが「いやいやいや」と冷や汗をかきながら、手を振った。
「ソラ君……それ、他の魔術士に聞かれたら、殺されても文句は言えないわよ? ソラ君が今やったのは自身の魔力感知領域を拡張し周囲を探る『天網』っていう魔術――その応用よ。まさか床の内側の魔力回路まで探ってみせるなんて……アウローラならともかく、多分
「……え、えーと、そうかな」
手放しで褒めるミリーに、ソラは照れくさそうに頬を赤くさせる。
そんなソラの様子をミリーはまじまじと見つめた。
「ええ、本当に大したものだわ。その能力だけでも騎士団の中じゃきっと引く手数多よ。何しろ魔獣討伐作戦の成否はいかに早く魔獣てきを見つけて先手を打てるかにかかってるから……ねえソラ君、もし良かったらなんだけど、将来的には騎士を目指してみない? 勿論これからしっかりと魔術を学んだ後に騎士試験に合格しなきゃなんだけど。幸い私は隊長職に就いているから推薦状も書けるし、休みの日だったら多少魔術の手ほどきだってできるわ。それから―――」
「あの、ちょ……ミリーさん?」
ソラの手を握って、前のめりに語りかけるミリー。
よほど興奮しているのか、やけに早口だ。
私は溜息をついて、ミリーの首筋を、ぐい、と引っ張る。「ぐえッ」とカエルの鳴き声みたいな声を出すと、ミリーが、くわっ、とこちらに突っかかってきた。
「ちょっと⁉ 何するのよ、アウローラっ! 変な声出しちゃったじゃない⁉」
「うるさい。興奮しすぎだ。少しは落ち着け、ミリー。それよりまずはどこへ連れていってくれるんだ? 案内してくれるっていうわりには、私たちはまだエントランスに入ったばかりなんだけど?」
嫌味っぽく言ってやると、ミリーは、む、と眉を顰める。
そうやってしばらく唸ると、やがて力を抜くように溜息をついた。
「……はあ、わかったわよ。今日の私の役目は貴女たちの案内だものね。この話を今ここでするのは違うか……とりあえず団長の執務室に行きましょう。実は貴女たちが来たら、連れていくよう言われているの」
ついてきて、と先導するようにミリーはポニーテールを揺らし、フロアの奥にあるエレベーターへと向かっていく。
その背中を追って、私たちはエレベーターの中へ乗り込んだ。
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