風吹く
イエスあいこす
風吹く
とある山中。木々に囲まれた中に一ヶ所、開けた場所がある。
そこは整った灰色の石がいくつも並び、そこに眠る死者がその石を通して雨に打たれたり、風に吹かれたり、晴天に晒されたりと自然を体感する場所。
要するに墓地だ。
「……………」
言葉は発さない。一人だから、発する必要がない。
しかし体は動かす。墓石の周りにはしばらくほっとけば雑草がうじゃうじゃ沸いてきやがる。
根っこごと引っこ抜いて、時に地中に根っこが残ってしまった時は容赦なくスコップで掘り起こす。
今日は無風だから蝉の合唱及びただただ鬱陶しい雑音が耳へ割り込んでくる。
国営のテレビ局の集金はどっか行けとか思いながら無視を決め込めば追い返せるが、蝉共の鳴き声はどうもそうはいかない。
いくらやめろと念じても聞かずにむしろ俺にその騒音を聞かせようとして来やがる。
そして今は夏。
暑いしうるさいし雑草はしつこい。
全く、最悪の気分だ。
そうだ。あいつはいつも、俺の気分を最悪にする。
………………
そんなに長きに渡ったわけでもない草抜きを終えても大合唱は止まらないし日差しは俺の肌をバーニング。
そろそろうんざりして何も感じなくなる頃合いだ。
嘘、やっぱり鬱陶しい。なんて思いながら墓石に水をかけてやる。
水を出したら紅茶が良いとのたまったりコーンフレークに水をかけて食おうとしたり水に関するトラウマがやけに多いあいつの墓だ。
こうやって水をかける行為に清めなんて綺麗な感情はありゃしない、これはただの報復に違いない。
死者への冒涜だかなんだか知らんが、骨になろうが魂だけになろうがあの日々の恨みは忘れない。
天国か地獄か知らんがあの世だろうが来世だろうが追っかけ回してやる。
そしていつか、俺の隣で償わせてやる。
そしてこれもまた、一つの愛の形なんだと自覚している。
そんなことを考えている間にもうろうそくへ火を灯すところまで進んでいた。
どうせ来世かあの世でまた会うんだ。
火点けて、拝んで、帰ろう。
そう思ってマッチの火をライターに移そうとした時。
ビュンッ!
と、強い風が吹き抜けた。
ありゃ、こんなタイミングで強風とは。
運が悪いな、とりあえずもう一回と思って火を点けても点けても風は吹く。
ああ~、忘れてたわ。
そういやあいつ、火苦手だったわ。
そして同時に思い出す。
突然俺の前に現れて、突然俺の心を奪って、結ばれたと思ったら突然いなくなる。
あいつはまるで今の風みたいなやつだったことを。
「っ…ハハハハハハハハ!!」
ああ、笑えてくる。
ダメだ、あの日々を思い出すだけでツボった。
笑いが止まらない。
多分どんなバラエティーをやるより俺たちの過ごした時間をドキュメンタリーとして流す方が面白いと思える程の日々だ。
そりゃあ、笑いも止まらん訳だな。
そんな俺に何笑ってんだとツッコミを入れるみたくまた風が吹く。
俺は来世は信じても神様は信じないタイプの人間だ。
天国がどうとか地獄がどうとかって話はものの例えでしかない。
だけど今それは覆ったかもしれない。
この風はきっと、あいつが起こしたもの……
……いや、もっかい訂正。
だって、あんなに泣き虫で、守銭奴で、大食いで、バカなやつだ。
容姿だけは相応しいかもしれないが……
「あいつに、神様なんて崇高なもんは似合わねえわ」
呟いた言葉に確信を持つ俺にまたツッコミを入れるように、今度はとんでもなく強い風が吹いた。
風吹く イエスあいこす @yesiqos
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