29 奇妙な手紙

 隣のアクロは決意に満ちた表情をしている。


「一晩泊めてもらったお礼です。なんでもします!」

「ルミリンナ、このババアを相手に『なんでもする』なんて言うな。本当になんでもさせられるぞ」


 直後、オズワルドのわき腹へ拳が入る。

 声にならない悲鳴をあげながら彼は悶絶した。


「まったくお口が悪いねこのガキは。出来る範囲のことしかさせたことはないよ」

「ワイバーンの巣に突っ込ませたじゃねえかよ……」

「キミには出来ると思っていたからだよ。人を悪魔みたいに言うんじゃない、まったく」


 文句を言いながらもホリーは手際よく温室に置かれているテーブルをセッティングする。

 オズワルドはよろよろと椅子に座った。魔術師は物理攻撃に弱いのだ――。

 弟子のそんな姿を横目に、ホリーは上品な所作でアクロに椅子へ座るように促した。ためらいがちに座った彼女を愛らしいものを見る目で眺める。


「改めて、はじめまして。私はホリー・レイト・パニッシュラ。【紫煙の魔術師】という二つ名を持っている。この陰気な男の師匠であり書類上の親だ」

「はっ、はじめまして。アクロ・メルア・ルミリンナと申します。魔法大学の二年生です」

「うん、メルリンナ家のことは存じているよ。他国の書籍を仕入れる輸入業をしているんだったね? どうしても欲しい図鑑を無理言って取り寄せてもらったことがあるよ」

「そうでしたか。お役に立てたのならなによりです」


 情報通からルミリンナ家のことをちらりと聞いていたのでオズワルドは別段驚かない。

 魔王が倒されて以来、国と国の交易が安定するようになったので貿易業は活発化しているという。魔王がいなくなった恩恵を受けている家に元魔王が引き取られるというのもなかなか皮肉な話であるが。

 ホリーが呪文を唱えると勝手にポットが浮き、それぞれのカップへと紅茶を注ぎ入れる。

 きらきらとした瞳でアクロはその様子を観察していた。

 【紫煙の魔術師】は子ども好きなのでこのような芸をいくつか持っている。さすがに弟子の前ではめったにしないので――アクロへのサービスだろう。


「すごいです!」

「いやぁ久しぶりに良い反応貰えたね。オズワルドなんて初めて見せたとき『お化けだ―!』って大騒ぎで」

「それはいいだろ言わなくて」


 ぶすくれながら紅茶に角砂糖を投げ入れていく。4つを越えたあたりでアクロは「えっ」と声を漏らす。


「入れすぎではないですか……?」

「この子、最低10個は入れるよ」

「そんなに入れたらお身体に悪いのでは!?」

「舐めるなよ、俺が何年お身体に悪い生活を送っていると思っているんだ」

「開き直らないでください!?」


 スプーンでくるくると紅茶の味がする砂糖の飲み物をかき混ぜながらオズワルドは自分の師匠を見やる。


「で、師匠。仕事とは何ですか?」

「おや。やってくれるんだね?」

「最終的には請けさせるくせに……。ただ、ルミリンナが危険なことに巻き込まれるのはやめてください。こいつは俺の生徒ですし、なにかあれば家の方も黙ってないでしょう」

「本音は?」

「ルミリンナを盾に出来るだけ危険なことはしたくない」

「先生って正直者なのか不真面目なのか分かりませんね……」


 アクロは呆れながらひとつだけ角砂糖を入れた紅茶を啜る。


「薬草の味がして美味しいです」

「ん?」

「すいません師匠、こいつ味の感想がひどいんです。美味しいだけを受け取ってください」

「なるほどね。口に合うならよかった」


 特に気分を害した様子もなく笑う己の師匠を見てほっとする。

 それと――来客用に出す茶葉ではなくリラックス効果のある茶葉だとオズワルドは気付いていたが黙っていた。指摘するのは野暮だと思ったので。

 客人をもてなすのが好きなホリーが高級茶葉を退けてまで淹れたのだ、だいぶ心配しているのだろう。アクロを、もしくはオズワルドのことも。

 それはそれとしてしっかり仕事は持ってきているが。


「仕事だがね――簡単に言ってしまえばおつかいだ。物を受け取って戻ってくる、それだけ」

「……それ、師匠が自分で行けばいいのでは?」

「片足しかない老女になんてこと言うんだいこの弟子はヨヨヨ……。まあ自分で行ってもいいんだがね、少々面倒くさい相手で直接会いたくはないんだ」

「といいますと?」

「私ずっと独身だろう? 第二夫人にならないかと数十年前から、後妻にならないかって数年前から誘ってきている男なんだが」


 聞きたくなかったなー、と思った。


「先日奇妙な手紙が届いてね。『もうじき死ぬだろうから、その前に渡したいものがある。会いに来てくれないか』という内容だった」


 ホリーはテーブルの上に封筒を出した。一目で高級な紙を使用しているものだと分かる。

 差出人は――フロプ・フェンキ・キッサイカ、と書かれていた。


「キッサイカ家は……確か装飾品の貿易をしている家ですよね。ルミリンナ家と何度か組んでいた記憶があります。相手は伯爵家なので、子爵の父はやりにくそうな印象でした」

「貴族というのはそういうのが面倒だね。私としては一方的に好意を抱かれているだけだし、同情して会いに行く義理もないが――ちょっぴり気になる背景があってだ」

「気になる背景?」


 手紙をふたりに見えるように掲げる。


「手がずいぶん震えているのか字はガタガタ、読むのもやっとだ。人に出すのだから家族か誰かに代筆を頼めばいいのにね。そして普段なら配達屋経由で届けてくるのに、今回ばかりは鳩を使っていた。貴族だから個人で一匹二匹は飼っているにしても唐突過ぎる。極めつけに、キッサイカ家には黒い噂が出てきていてね」

「というと?」

「新興宗教にのめり込んでいるのでは、と」


 この国の宗教は聖堂教が多数を占めている。

 民間信仰もあるにはあるが、見逃されているだけで将来潰されないとは限らない。

 そんな中で新しく宗教が立ちあげられ、貴族がはまっているなど聞いたら教会は黙っていないだろう。信仰してるにしても普通は隠しているものだが外部へ噂として囁かれてしまうぐらいに熱狂しているのか。


「気になるだろう? これが意味するところはなんだろうね」


 それだけ言ってホリーは口を閉ざした。

 あとは考えろということらしい。

 わずかな間の後にアクロがちらりとオズワルドに視線を送った。頷くと、彼女はホリーのほうを向く。


「……まるで、助けを求めているみたいですね」

「ほう?」

「——キッサイカさんは、家族に頼れない……あるいは家族を信用できない状況だったのでは?」


 アクロは人差し指に唇を添える。


「だから、家族に見られないようにこっそりと手紙をしたため、鳩に託したのではないでしょうか。パニッシュラさんに――」

「ホリーでいいよ」

「——ホリーさんに手紙を出すことを家族の誰にも知られてはならなかった」


 相槌を打とうとしてオズワルドは止めた。

 彼女は、自分の中で組み立てられた積み木を説明しているのだ。相槌があろうがなかろうが勝手に話し続ける。


「手が震えていたのは、どうしてかは分かりません。病気を患っているのか、感情を抑えきれず手先が制御できなかったのか、様々な考えはあります。ですが……良い状況下にいると言えないのは確かです」


 面白そうにホリーはアクロの言葉を聞いている。


「新興宗教の件はなんとも言えません。これは保留します。他者による、キッサイカ家を貶めるための嘘かもしれませんから」


 そこまで話し、ふっと意識がこちら側に返ってきたようだ。

 オズワルドは問う。


「ルミリンナの考えた背景、そこから導き出したものはなんだ?」

「はい」


 一拍置いてルミリンナは答える。


「彼は、自分が殺害されると予感したのではないでしょうか」

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