28 魔術師の庭で
ホリーは軽食を持ってくるから待つようにオズワルドに言い、犬を引き連れて温室を出ていった。
数年前に実験中の事故で足を吹き飛ばした時は大変な騒ぎだったが、本人はあっさりとしたもので魔術で車椅子を自在に操っている。
当時はゴシップになったものだが、オズワルドの兄姉弟子たちが『丁重』に記者たちに注意してまわったので瞬く間にその話題は上がらなくなった。きっと裏では汚いことをしていたんだろうなぁとオズワルドは思っている。
朝日が昇り、ランプも要らないぐらいに周囲が明るくなっていった。
オズワルドは久方ぶりの温室をゆっくりと見て回ることにした。
ここに植えられている花の名はホリーの弟子全員が叩きこまれる。薬草になるものは、効能は、毒があるものは――などだ。そのため魔術師の弟子でありながら薬師も何人か育っている。
きれいに植え付けられている植物を眺めていると足音が聞こえた。
振り返ると、出入り口にアクロが立っている。ホリーが着替えにと置いた姉弟子の忘れ物を着ていた。少しだぼついている。
瞳は元通りの緑だが、銀髪の毛先は黒く染まっていた。
「目覚めたのか、ルミリンナ。よくここにいると分かったな」
「このワンちゃんが案内してくれました」
見れば足元に先ほどホリーにくっついていったはずの犬がまとわりついていた。
案内役として派遣したのだろう。なかなか賢いらしい。
というのも、オズワルドはしばらくここへ帰っていないので自分の義母が犬を飼い始めたことも知らなかった。文通をするような柄でもない。
「その……」
アクロは気まずそうに目を泳がせる。
「ご迷惑を、おかけしました」
「暴走していた時のことは覚えているのか」
「ぼやけている感じです。すごく眠い時の記憶みたいに、いろいろあいまいで……」
「そうか」
突っ立ったままのアクロを手招く。
怒られるのを怖がる子どものように彼女は身を縮こませながらオズワルドに近づいた。
フォローすることも考えたが、下手なことを言うよりはと別の話題を出す。
「【紫煙】が作った庭なんてめったには見れない。見学していくといい」
「しえ……?」
「ああ――ここが誰の家なのかもまだ分かっていない感じか」
「お恥ずかしながら……」
知らない場所で目覚めてさぞ心細かっただろう。
もう少し眠っていると思っていたので書置きもせず出て来てしまった。
「【紫煙の魔術師】ホリー・レイト・パニッシュラの御宅だ。そしてここは自慢の植物園」
「え?」
「俺の師匠で義母の家」
アクロはあんぐりと口を開けた。
顔が整っているとどんな顔しても許されるんだなとオズワルドはどうでもいいことを考えていた。
「どうしてわたし、そんなすごいところに泊まっているんですか!?」
「魔王化して魔力暴走してぶっ倒れたから。あのまま大学に戻ったら俺でも庇いきれないぞ」
「ひええ!」
「ちなみにお前が魔王ってことはバレました。ごめん」
「な……っ!? またわたし首切られるんですか!? 痛いから嫌なんですけれど……」
けっこう首を切られたこと気にしているんだな、とオズワルドは思った。
首と胴体を離されて気にしないものはまずいないしだいたいは死ぬ。
「ルミリンナがあの人に関わるものを傷つけなければまず大丈夫だ。憲兵に引き渡されることはない」
「信じますからね……」
「……それ以前に、俺に魔王だと明かした時点で憲兵に引き渡されると思ってなかったのかよ」
思い返してもだいぶあっさりと正体を表していたような記憶がある。
直前に魔王ムーブを晒していたのでアクロとしても諦め半分な気持ちはあったかもしれないが。
「不思議と不安はありませんでした。おにいちゃんが大丈夫だって言っていたので」
「兄?」
「はい、生みの親がいるほうの実家の――あれ?」
アクロは首を傾げた。
無意識に紡いだ言葉に自分でも驚いたようだ。
「おかしいですね、あっちに兄はいなかったはずなんですが……誰から聞いたんでしたっけ?」
「お前の事情を俺が知るわけ無いだろ。しかし、そいつも思慮が浅いな……俺がそんなに信用に足る人間に見えるかね」
「わたしには見えてますよ」
間髪を入れずにこやかに返されたため、オズワルドは言葉に詰まる。
「わざわざ師匠だと偽ってまでわたしを助けに来てくれたではありませんか」
「教え子が無実の罪でしょっぴかれてほしくないからな」
「だとしてもあそこまでの労力を割いてくれたこと、わたし、嬉しかったんです」
ストレートすぎる感情をむけられてオズワルドは頭をかいた。
どう答えたものか考えていると、アクロは胸あたりを探る。
「……『魔力封じ』が壊れてしまいました。次暴走したらまずいですね」
「それは大丈夫。手配するからね」
声が割り込んできた。ふたりがそちらを見ると盆を手にしたホリーがいる。
「もちろん、ただではないよ。キミたちには働いてもらう」
オズワルドは非常に嫌な顔をした。
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