27 師匠と息子
オズワルドが推定12歳の頃だ(彼は自分の正確な歳を知らない)。
孤児院内で年上との小競り合い中に魔力が突発的に暴走した。
本来なら教会で洗礼を受ける際に魔力量を調べてもらい、量に応じて『魔力封じ』を授かるのだが――彼の居た孤児院は教会経営ではなく、また労働力育成としての面が強いところだったので洗礼も行わなかったのだ。
魔力を抑える術を知らないままに土を抉り、壁を崩し、木をなぎ倒して、オズワルドの体力切れと同時にようやく嵐は収まった。擦り傷程度の怪我人ぐらいでよく済んだものだ、と当時を知るものは皆口をそろえて言うぐらいにひどい有様であった。
当然、そこまでの騒ぎを起こしたオズワルドは孤児院を追放される流れとなる。表向きは里親に引き取られるという名目だが、実際は人身売買のそれである。
しかも補修費のために少しでも高く売れるように好事家にまで声をかけたというので当時の経営者がいかに立腹したかが分かる。
大金をはたいて彼を引き取ったのが、ホリー・レイト・パニッシュラであった。
その頃にはもう【紫煙の魔術師】の二つ名を賜っており、有名になった弟子も複数いる。植物学に造詣が深く、国立植物研究園の管理人としての務めも果たしていた。
「あんた、なにが目的なんだ? どうして俺を弟子にするんだよ」
少年だったオズワルドはホリーへ反抗的に問いかけた。そこにはわずかに敵意も交じっていた。
ひょうひょうとした態度でホリーは答える。
「最初に言ったじゃないか。私は私の教えを後続に残して、なんかすごい魔術師がいたって名を残したいんだ。誰かひとりぐらいは英雄になってくれたらいいなって気持ちでいる」
真顔だった。それゆえに本気であるとオズワルドも分かってしまった。
婚約者に先立たれて以後独身を貫いているホリーだ、『育てる』という行いに多少なりとも憧れはあるのだろう。そこに欲望をなみなみと注いでいるためにいまいち感動的な話にならない。
「魔力を暴走させただけのガキを? ほかにもいっぱい強いのがいるじゃねえか。志願者だってごろごろいるんだろ」
「お上品すぎるんだよ、みんなね。キミみたいな勢いだけで生きているのが私には好ましい」
「けなしてんの?」
「褒めてるのさ。それに自分のもつ力に酔っていない。それが一番大事だ」
「はあ……?」
首を傾げたオズワルドへ、ホリーはにやりと笑った。
「そうだ、ファミリーネームがないと不便だろう。キミ、今日からパニッシュラを名乗りなさい」
――現在に戻る。
師匠であり義母を前に、オズワルドは涼しい顔とは裏腹に背中に冷や汗をかいていた。
すべてを見透かされているような気がしてならない。そういうハッタリが得意だとしても。
「弟子ではない、というのはまあ信じてあげよう。キミの……デリケートな部分であるからね」
「……」
オズワルドが弟子を取らないことに理由がある。
ホリーはその理由を知る数少ない人物だ。
「だが弟子でないならなんだという話になるんだぞ」
「うっ」
「教師と生徒がふたりきりで課外授業か? 特別保健授業でもやってきたのかな?」
「下世話なんですが?」
「世間一般ではそう見られてもおかしくないんだ。親としてキミが年下に手を出すようなゲスでないことを祈っているけどねヨヨヨ」
「妙な嘘泣きすんな」
オズワルドは必死でごまかす言葉を脳内で探す。
「あー……いろんな縁がありまして……」
「どんな?」
「師匠には関係ないと思うんですよ」
「え? 私の家を提供し、助力要請に応えさせておきながら『関係ない』だって?」
ぐうの音も出ない。
「……師匠が受け入れてくれるか分かりません。俺のしていることと、ルミリンナの存在を」
「最強魔術師が何を弱音吐いているんだ。私の態度が気に入らないなら叩き潰せばいいだけだろう」
「話し合いをしたいのかしたくないのかどっちですか……」
オズワルドは視線をそらし、背の高い植物が花のつぼみをつけているのを見ていた。
花を咲かせ、枯れると別の場所からまた花が咲く。それが生まれ変わるように見えることから転生花と呼ばれていた。
「……師匠は、転生を信じますか」
「目の前にある事象ならなんでも信じるさ。オズワルド、キミもだろう?」
「あなたの弟子ですからね」
テーブルマナーも社交儀礼も世を渡る術もすべて学んだ。ホリーは教えるのがうまいのだ。
そう考えると、自分は弟子育成に向いていない気がする。
「すると、なんだい? あの子は勇者の生まれ変わりだと?」
「勇者では、ありません。近いですが」
「ふむ。聖女も戦士も生きている。もちろんオズワルドも」
ホリーはしばらく考えたあとに手を打った。
「あ。魔王か」
「……はい」
「ふぅん」
オズワルドは唖然としてホリーを見た。
「はい!? それだけ!?」
「かわいい子に転生したね」
「いや……だって俺、魔王の生まれ変わりと行動しているんですよ!? 師匠は許すんですか!?」
「キミの選択なのに許すもなにもないだろう」
ホリーは頬杖をつく。
本の表紙をなぞりながらささやいた。
「キミが洗脳されている様子や、脅されているような態度なら私もあの子を受け入れなかったさ。大切にしているように見えたから私は協力したし、拒絶しない」
「……」
「ま、私が特別なだけで他にはペラペラ喋らないほうがいいと思うけどね」
「それは、そうですね」
むしろホリーが異質すぎる。
基本、植物園と弟子が無事ならこのひとはなにが起きてもどうでもいいスタンスなのだ。
「なあ、オズワルド。あの子は、キミに似てるよ」
「え?」
「本質的には孤独で、誰かのぬくもりを待ち続けている。強い力を手にしたものの宿命だね」
「……」
ずっとオズワルドを――桁外れの力に翻弄されてきた義理の息子を見てきた者の静かな言葉だった。
「守ってやりなさい。キミにはそれだけの力がある。そして守られなさい。あの子もそれだけの力を持っている」
「師匠……」
にっこりとホリーは笑う。
「お腹空いたね。早いけどなにか作ろう。オズワルド、何食べたい?」
「コーヒーだけで大丈――……」
クラリスの言葉が蘇った。
「なんか適当に作ってください……」
「おや珍しい」
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