episode4 『透明な呪い』
26 悪夢と師匠
勇者と魔術師と戦士と聖女は魔王の城にたどり着きました。
魔獣を切り伏せて奥へと進んでいきます。
とても大きな部屋、崩れかけた石の玉座に魔王が座っていました。
魔王は勇者たちを見るとそれは恐ろしい魔法を使って襲い掛かってきます。
だけど、聖剣の力とつよい心を持つ勇者はなんにも怖くありませんでした。
4人は力を合わせて魔王を倒したのです。
それまで人間を苦しめていた悪い空気が消え去り、世界は平和になりました。
勇者は魔王の角を持ち帰り、国のみんなに魔王を倒したことを報告しました。
それからは仲間たちと仲良く暮らしましたとさ。
おしまい。
――幼い少女の声が聞こえる。
オズワルドは周囲を見回した。狭い部屋だ。生活するのに最低限のものしかなく、窓には鉄格子が嵌っている。
どうしてここにいるのか。思考にもやがかかっている。
隅のほうで、銀髪の少女がいることに気付いた。『勇者の伝説』を読んでいる。
しばらく最初からぱらぱらとページをめくっていたが飽きたらしい。
彼女は本を閉じると、扉の方へ向かう。背伸びしながらノブをまわすが、外から鍵をかけられているのか開かない。諦めたように手を離す。
「……出たいのか?」
オズワルドはノブを掴み、渾身の力で押すと軋みをあげながら扉が開いた。
少女はぱあっと表情を明るくさせ、オズワルドを見ることもなく走っていく。
ついていくと――そこは家の中ではなかった。
「っ!」
ほんのわずかな時間しかいなかったが忘れるわけもない。……魔王の城だ。
勇者が魔王の死体の前でうずくまっている。
少女も、オズワルドも、クラリスも、ロッダムもいない。彼らふたりきりであった。
ぼそぼそと勇者が腕の中のものに話しかけている。あの時も、なにを口にしているのか聞き取ることは出来なかった。
「アレキ……」
近寄り、彼の肩越しに話しかけているものを見ようとする。
——アクロの生首が抱えられていた。
〇
床に強かに落下した衝撃でオズワルドは目を覚ました。
椅子でうたた寝していたが、バランスを崩して落ちてしまったらしい。
「いって……」
呟きながら立ち上がり、眼鏡が無事なことを確認する。
倒れていた椅子を元に戻して何事もなかったかのように座り直した。なんとなく虚勢を張ってしまう。
ベッドにはアクロが横たわっている。目を閉じ、緩やかに寝息を立てていた。
オズワルドはわずかに悩んだ後そっと布団をめくった。しっかりと首と胴体がつながっている。
顔をおおい長く長く息を吐きだした。
普段眠りが浅いからかオズワルドはかなりの頻度で夢を見る。楽しいものは少なく、たいていは悪夢だ。
パーティが全滅しただとか、生まれ育った孤児院が燃えているとか、大学内の人間全員が死亡しているとか、だいぶ物騒なものばかりだ。
「今回のは最悪のうちに入るぞ……」
アレキはあの時、確かに魔王の首を抱えていた。
そして魔王=アクロであるから、間違えてはいないのだが、間違えてはいないのだが……。
教え子が夢の中で死んでいるというのは穏やかな気分ではいられない。
窓辺に置かれた水差しからコップに水を注ぎ、一息に飲み干す。
カーテンのあいだから外の様子を窺うと、夜明けの空が広がっていた。
ふと手を見るとインクで指先が汚れている。馬車にキャンセルを、アクロの住む寮の寮母に今夜は帰れないことを、大学に明日の講義は全て休講という手紙を一気に書いたからだ。
休講はどうせ学生が狂喜乱舞するぐらいなのでどうでもいいが、寮母にどう説明したものか頭を痛めている。アクロはまだ未成年者であり、男女で出かけて夜帰ってこないというのは問題しかない。やましいことは一切していないが絶対に尋問される。
オズワルドはしばらくアクロの寝顔を眺めていたが、足音を立てないようにそっと部屋を出ていく。
広い屋敷だ。かつては全ての部屋が埋まっていたが、今は半分もいない。
薄暗い中を慣れた足取りで一階へ向かい、玄関とは違う出入り口から外へ出ていく。
そこは温室だった。植物が所狭しと植えられ、人工の川が流れている。
もう少し歩いていくとひらけた場所に出る。車椅子の老女がこちらに背を向けており、足元には犬が寝そべっていた。
「おはようございます、師匠」
オズワルドが声をかけると老女は読んでいた本を置き、車椅子ごと振り返った。
白髪に、紫の瞳。冴え冴えとした表情だ。
上品なブラウスとズボンを着こなし、堂々とした居住まいは隙がまるでない。右膝から下は存在せず、車椅子を動かした勢いでわずかに裾が揺れた。
「おはようオズワルド。あの子の様子は?」
「安定しています。だいぶ体力を消費しているはずなので、もう少し休ませるつもりです」
「それがいい。無理矢理起こす必要もないからね。オズワルド、そこに座りなさい」
「すいませんちょっと用事があるので部屋に戻ります」
「座りなさい」
「はい」
オズワルドはおとなしく老女のそばの椅子に座った。足元で犬が絡んでくる。
「あの年齢の魔力の暴走は珍しくない。精神的肉体的に揺らぎやすい時期だからね。だが、彼女はそれとはまた別の原因があるんじゃないかな?」
「……」
「オズワルドはその原因を知っている。知っているからこそ、自分ひとりでは手に負えないことを察して、わざわざ苦手な空間転移魔術を使用してまで私に頼ってきた」
淡々とした口調だが、老女の瞳はらんらんと輝いている。
面白い獲物が目の前に現れたかのように。
「まあ、対処したのはオズワルドで、私は場所の提供と安全確保ぐらいだったがね。それでも魔術師が、しかも『二つ名』がふたりも必要な魔力の暴走などめったにないケースだ」
「……ですね」
「あの子はいったいどんな存在なんだい? わざわざキミが弟子として手元に置くぐらいだ、よほどの理由があるんだろう?」
「いやあれは弟子ではなく学生です」
「は?」
「いえなんでもありません」
頼らざるを得なかったが、今更ながらに後悔が押し寄せてくる。
オズワルドはこの老女が苦手だった。
【紫煙の魔術師】ホリー・レイト・パニッシュラ。
オズワルドの師匠であり、義母でもある。
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