19 ケンタウロスとちんちくりん

 ごった返す食堂の隅でトルリシャはにこにことフォークを握っている。

 トマトとチーズのパスタだ。せっかくのおごりなのだからもう少し高いものを選べばよかったのに、とオズワルドは思うが彼女は味に冒険をしないタイプだったことを記憶から掘り起こす。


「豊穣の神ヨソダチ、陽光の神ギラヒカ、慈雨の神ゴーウ、すべての神の恵みに感謝いたします! あとオズ先生!」

「律儀だな」

「シスターうるさいんだもん」

「ああ……そうだったな、あいつはそうだ」


 旅の中で、すぐに祈りをすっぽかすオズワルドとロッダムはよくクラリスに叱られていた。

 アレキは指を組むのではなく手のひらを合わせ聞き取れない文句を必ず食前と食後に呟いていた。それはどういう意味か聞いたことがあったが本人も良く知らないらしい。住んでいた村で代々伝わる儀式なのだそうだ。


「おいしー! トマトの酸味とチーズのもったり感がいい感じに絡み合ってるし、パスタももちもちしてる!」

「お前が味に細かすぎるのかあいつが淡泊すぎるのか分からんな……」

「え?」

「いや、なんでもない。こっちの話だ」


 瞬く間に食べ終わるのを見届け、余計な注目を浴びる前にふたりは食堂をあとにした。

 学生用ローブを着けていないものも当然居るには居るが、ほとんどの学生は誇りとしてローブを身にまとっている。そのため、トルリシャは少々目立つのだ。

 研究室にたどり着くと錠として展開している魔法陣を解除する。破壊されていないのでアクロは来ていないようだ。


「相変わらず意味の分かんない図形をドアに描いてるんだねー」

「それ他の魔術師の前で言うと憤死するからやめておけよ」


 研究室に通すとトルリシャは「あれ?」と部屋の中をきょろきょろと見回す。


「なんか広くなってる! 物が少ない!」

「隣の部屋を使用できることになったからな、大きいものやかさばるものを移した」

「ふーん。じゃあ元の姿になっていい?」

「勝手にしろ」


 彼女は嬉しそうな顔で伸びをする。次の瞬間にはその姿は著しく変化していた。

 上半身は変わらないが――下半身は二本足の代わりに馬の胴体となっている。髪と同じ亜麻色が艶やかに光っている。

 ——ヒトからはケンタウロスと呼ばれる種族だ。


「んー、やっぱりこの姿のが落ち着く。二本足って動かせるのが二本しかないじゃん」

「まあそれはそうだろうな」


 足を折りまげて彼女は座る。

 それからボシェットを探り、蝋で封をされた手紙を差し出す。


「はいこれ。シスタークラリスから! お返事書いてくださいだって!」

「どうも」

 

 ナイフで蝋を削っている間にもトルリシャはそわそわと落ち着かない様子だ。

 精神年齢は見た目より幼いので仕方がない。オズワルドもそこまで気にはしていなかった。

 ケンタウロスは短命種のため成長と学習が早い。今の彼女はおおよそ20歳のような風貌をしているが、実年齢は4歳だ。好奇心旺盛な時期である。


「ねえねえ、そういえばさ――」


 トルリシャがそう切り出した時、ドアがノックされた。


「開いている。入れ」

「失礼します」


 顔をのぞかせたのはアクロだ。

 ケンタウロスが部屋の中心にどっしりと座っている様に一瞬驚いたようだが、トルリシャだと分かると警戒を解いて中に入って来た。


「どうした」

「先生、火炎石をお探しでしたよね。えっと、落ちていましたよ」

「ああ、助かる」


 アクロは少々ぎこちない態度ではあったが、何食わぬ顔でオズワルドに小瓶を渡す。

 研究室へ来るように仕向けた口実を理解してくれたのでオズワルドは内心ほっとする。あとはどうやってこの外部からの来客から不審に思われないよう引き留めるかだが――。


「ねえねえアクロちゃんも知ってる?」

「なにがですか?」

「オズ先生ね、弟子を取ったんだって! もうね、すっごい噂なの!」


 どこまでそのうわさが飛んでいるのだろう……とオズワルドは遠い目をした。

 図書館殺人事件からまだひと月も経っていない。いや、そのぐらいあれば王都の隅まで届くだろう。なによりオズワルドは有名人である。


「あ、そうなんですね……」


 どう反応したものか迷った表情でアクロは相槌を打つ。


「アタシが聞いた話だとね、悪魔みたいに目つきが悪くて氷のように無愛想で先生をたぶらかそうとしているちんちくりんなコムスメなんだって!」

「……」

「……」

「ねえどんな子なのオズ先生!」


 伝言に伝言を重ねた結果、なにやら大変な人物像になっていた。

 アクロは目を盛大に泳がせる。


「リシャさん」

「うん」

「その悪魔みたいに目つきが悪くて氷のように無愛想で先生をたぶらかそうとしているちんちくりんなコムスメですが」

「もしかして知り合い!?」

「知り合いというか……目の前にいるんですよ」

「誰の!?」

「リシャさんの」


 女子ふたりは見つめ合った。

 数テンポ遅れてトルリシャははっとする。


「えっ!? アクロちゃんのこと!?」

「……ですね」

「えーっ!? アクロちゃんが!?」


 のけぞるトルリシャを無視しアクロは自分の目元に指先を添える。


「確かに吊り目ですけどそんなにキツい印象でしたかね……。ちんちくりん……無愛想……たぶらかし……」

「噂なんてそんなものだ」

「うぅぅ……ちんちくりん……」


 微妙に傷ついているらしい。

 トルリシャはわたわたとしたあとにポシェットを漁る。


「お、お菓子食べる?」

「食べます……」

「食べかけだけど」

「やっぱりいいです……」


 過程はどうであれ、とりあえずアクロがこの場に残っても怪しまれない流れになったなとオズワルドは良い方向に考えることにした。

 ひとはそれを現実逃避という。

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