20 手紙

 少々気まずい空気の中、アクロは互いの顔が見えやすいように座る。食べかけの菓子は学内妖精が貰っていった。


「アクロちんが弟子だったなんて知らなかったのー! ごめんね変なこと言って!」

「いいえ、お気になさらず。あと正確には弟子ではなく弟子候補ですね」

「さらに正確に言うと弟子候補ですらないからな。お前なにさらりと訂正するふりしておいて既成事実を作ろうとしているんだ」


 謙虚な態度で言うものだから危うく見逃しかけた。

 口をとがらせるアクロを横目に封筒から手紙を取り出す。木材によって作られた高級紙ではなく、草から作られた紙だ。右の隅には小さな押し花が添えられている。

 オズワルドはふっと笑う。


「だいぶ紙漉きがこなれてきたな」

「うん、教会でやってる蚤の市でも人気だよ! きれいだねーって」


 少し前から孤児院は紙づくりに手を付けている。

 修道院が作る菓子やパンに比べると教会に儲けは出ないだろう。しかし、一方的な施しを受け続けるのではなくなにか自分で生産していくことが大事なのだといつだったかクラリスが熱弁していた。

 これはその一環だ。難しい工程はさすがにシスターたちがしているが、押し花を作ったり飾るのは子どもたちの仕事だという。

 まだ粗悪な質ではあるが、これでも前に比べるとだいぶ滑らかな手触りになっている。


「本当はもっともっといい感じにしたいんだって」

「クラリスは凝り性だからな……。一度こうと決めるとなかなか曲げてくれない」


 綴られた丁寧な文字に目を通す。

 最後まで読み終えると息を吐いた。


「……なるほどな」


 手紙を畳んで封筒に入れ直すと、オズワルドは机の上を漁り始める。

 部屋全体は整理されているのに机周辺だけは雑多としていた。しばらく探したあと、便箋を取り出す。


「あ、シスターがね、『もうちょっときれいな字で書いてください』だって」

「失礼な奴だな」

「いえまあ先生の字、たまに難読だったりするので……」


 生徒の追撃は聞かなかったことにする。

 卒業生によく言われるのは「あんまりひどいときは授業後に解読してた」という愚痴だ。毎年必ず解読班が作られるらしい。

 ちっとも気にはしていないが普段より丁寧に書き、インクを乾かしてから封をしてトルリシャに渡した。


「任せたぞ」

「うん! じゃあおつかい終わったから帰るね!」


 む、と目を強く閉じると二本足に変わった。

 ロングスカートの下は獣足なのだろうが。


「まっすぐに帰るんだぞ」

「うん!」

「このあとどこに寄るんだ?」

「あのね、大通りのおもちゃ屋さん!」

「しっかり道草食おうとするんじゃない、まっすぐ帰れ」

「ゆーどーじんもんってこと!?」


 きゃあきゃあと騒ぎながら研究室から出る。

 通路には3人以外誰もいない。余計な目撃者がいなくてよかったとオズワルドは安堵する。


「バイバーイ! またね!」

「ああ」

「さようなら」


 あっさりと別れていく。

 彼女の性格というよりは、ケンタウロス種特有のものだ。群れをなして動く種族だが数が増えると簡単に別れていく。

 共有する時間は大切にするが、別れに対する情緒は薄いのだそうだ。


「ルミリンナ――」


 オズワルドは小声で指示を出す。


「あいつのうなじにある魔法陣、『破壊』できるか」


 表情なく彼女は見上げてくる。


「……はい。いつですか」

「今だ」

「了解しました」


 アクロはまっすぐにトルリシャの背中を見つめる。その目がきんいろへと変わった。

 彼女からわずかに漏れ出した魔力による寒気に耐えながらオズワルドはその様子を見守る。


「■■■」


 ぼそりと呟くと足元から一匹の黒い蝶がはばたいた。

 ひらひらと飛び、トルリシャの首に飛び込む。

 ――上手くいったのかアクロは小さく頷いた。


「?」


 トルリシャは首をさすり、 不思議そうな顔をして振り返る。痛みはなくても違和感はあったらしい。

 そのころにはアクロの目は緑色に戻り、魔力も霧散していた。


「気を付けて帰れよ」

「うん!」


 彼女はもう一度手を振ると、跳ねるような足取りで角を曲がっていった。

 見送ると、硬い声音でアクロは言う。


「……先生、ずいぶん無謀なことをしますね」

「なにがだ」

「わたしの正体を知って利用するのもすごいですが、よく信用できるなと。あのまま彼女を殺すことだって可能なんですよ」

「可能でもしないだろ。お前が適任であったし、必要以上の危害を与えないと信用しているから頼んだんだが」


 アクロはぱちくりとしたあと、耳をわずかに赤くしながら「そうですか」と小さく呟いた。


「……先生、彼女のうなじにあったものは何だったのですか?」

「理解できなくても破壊できるものなのか」

「手の中に握ったものが卵かトマトか分からなくても、潰せるでしょう? それと同じですよ」

「……発想が強者だな〜」


 直前の会話とちぐはぐであるが、恐らく「アクロ」としての面と「魔王」としての面が混在しているのだろう。

 呆れたあと、オズワルドは自分の耳を指差した。


「蓄音の術式だ。簡単に言うと会話を保存するものだな」

「え……。もしかして最初から気づいていて、だからわたしを呼んだんですか?」

「賢いなお前は。そのとおりだ」


 横に立ったときから術式の気配は感じ取っていた。

 オズワルドが術式を解除することも当然出来たが、魔術を使うためには杖を取り出す必要がある。そうすればトルリシャは「オズ先生が魔法を使ってたよ」と報告するだろう。盗聴がバレたと向こうは気づくはずだ。

 今はまだ相手の出方を見るために気づかないふりをしていたい。だが会話の記録を勝手にされているのは気に入らない。

 だから杖を使わずとも魔法を使えるアクロに頼った。


「いったい誰が彼女に取り付けたのかは現段階では不明だが、なぜそんなことをしたのかは分かる」


 首を傾げるアクロへオズワルドは言う。


「詮索だよ。俺の周辺のな——ルミリンナ、明日の講義はいくつ入っている?」

「明日は午前にひとつだけです。本来は午後から薬草学ですが、オーロン先生が緊急入院されたので……」

「ああ……。またマンドラゴラに土をかぶせるのを忘れたんだったか……」


 結構致命的であるが、薬草学の専門家はなぜかすぐに復活してくる。復活できないものは専門家にならないだけかもしれないが。


「子どもが嫌いでなければ行くか? 元勇者パーティの【薄紅の聖女】、クラリシア・イベルの居る孤児院へ」

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